【完】絶えうるなら、琥珀の隙間
例年ならば、この時期にはとっくに秋の祭事は終わっているらしい。

しかし翠は、異例とも言えるほどにその時期を伸ばしていた。
考えあぐねているのだ。

髪への実りの感謝をする事は、とても大切だ。

しかも祭事を催さなければ、それで生計を立てている民が困窮する。

とは言え、もう力の無い翠は祈りを捧げる事が出来ない。

―――――それでは本来の祭事の意味が無いのだ、と翠は言う。



「……早いところ結論出さなきゃな」

暗い声で翠が呟いた。

秋の祭事の件は、高官達の間でも意見が分かれていると聞いている。

ただでさえ迷っている翠は、両方の意見を耳にし、さらに迷ってしまっているようだった。


カヤは巻き付く腕の中で少し身体を捩り、翠を振り返った。

「前から思ってたんだけど、どうして力のある人がお祈りしなくちゃいけないの?」

そう尋ねると、翠は「んー……」と考える素振りを見せた後、口を開いた。

「物凄く簡単に言うと、神に祈りを捧げるには力を媒介にする必要があるからかな」

「媒介……?」

「うん。もう少し詳しく説明すると、神官は確かに神の声の代弁者って言われてるけど、実体は人間だろ?結局は善と悪の心があるから、直接的に神と会話する事は汚穢とされているんだ。だから神官は会話の方法として異なる物質を依代にする必要ある。お告げの時は動物の骨を依代にして神からの声を書き写すし、春の祭事では花を依代にして祈ってただろ?力を媒介にするって事は、つまり神官としての力を、邪気の無い自然界の物を通して変質させる事で、間接的に神との結び付きを……」

「ごめん、分かった、分かった!もう大丈夫!」

止まる気配の無い翠の説明を、カヤは慌てて止めた。

自分で聞いといて何だが、途中から翠が何を言っているのか分からなくなってしまった。


「えーっと……ごめんね、単純な疑問なんだけど」

カヤは慎重に言葉を選びながら言った。

「力の無い人がお祈りしても、神様には届かないって事?少しも?これっぽっちも?」

「え?」

翠が訝し気に眉を寄せた。
きっとカヤが可笑しな事を言っているのだろう。

けれど、なんだか変だなあと思ったのだ。

これはそんなに小難しい話でなければいけないのだろうか?


「だって私達も、翠と同じくらい季節に感謝してるよ。春の山菜は採れたてをお粥に入れて食べたいし、夏の果物は瑞々しいから、そのまま食べても絞って飲んでも美味しいでしょ?それに秋のお米はふっくらしててお握りにすれば幾らでも食べれるし、冬のお野菜は甘いから、わたし一年の中で一番大好き……」

言ってる途中で、全部食べ物の事じゃないか、と気が付く。

食い意地を翠にからかわれてしまう前に、カヤは慌てて続けた。

「とにかくさ、季節が巡らないと美味しいもの食べられないでしょう?だから皆きっとこの世界に感謝しながら生きてると思うの」

私達は、四季に生かされ呼吸をしている。

いつからか歩み始めた、当たり前に続く、当たり前の幸せの中で。

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