【完】絶えうるなら、琥珀の隙間
「翠一人だけじゃなくて、皆で神様にありがとうって言うのじゃ駄目なのかな。良く分からないけど、たくさんの人が同じ事を祈れば、さすがの神様も聞き届けてくれそうじゃない?」

翠は呆気に取られたようにポカンと口を開いていた。

さすがに頭の悪すぎる発言だっただろうか。
カヤが心配していると、翠が唐突に笑いだした。

「……ふっ、ははは!なるほど、確かにな!」

見た事のある笑いだ。

初めて会った時、翠に啖呵を切ってしまったカヤに対して見せた笑いとよく似ている。

一しきり笑い尽くした翠は、それでも未だ可笑しそうに口角を上げながら言った。

「いや、ほんと、初めて会った時から思ってたけど、やっぱりカヤって面白いよな」

馬鹿にしているのか褒めているのか良く分からない事を言って、カヤの頭をぐりぐりと撫でる。

恐らく前者の匂いが濃厚だ。

「い、言っておくけど、気持ちが籠ってればそれで十分だ、って翠が前に言ってくれたんだよ?」

梅雨の前の時期に、翠がカヤを湖に連れて行ってくれた時の事だ。

両親とミズノエを弔えていなかったカヤのために、雪中花を湖に流し、共に言霊を唱えてくれた翠が、正にそう言ってたのに。

カヤが唇を尖らせれば、翠の手つきが宥めるようなものに変わった。

「うん。そうだったな。間違いない」

ぽんぽん、と最後に二度撫でられ、翠の手は離れて行った。

「よしっ、屋敷に戻るか」

気合いを入れてそう言った翠は、軽やかに起き上がる。
そうしてカヤを見降ろしながら、ニッと口角を上げた。

「ありがとうな、カヤ。お陰で道が見えた」

それは、なんとも晴れ晴れとした笑顔であった。


















来た時と同じように、二人は馬を休ませる事なく屋敷へと戻った。

とは言え、やはり国境の山からは、それなりに時間が掛かる。

そのため無事に屋敷へと到着した頃には、太陽はかなり西の方に傾いていた。



「えらくすっきりとした顔でお戻りになられましたな」

翠の私室にて、二人はタケルの前に並んで座していた。

部屋に呼ばれた来たタケルは、開口一番にそんな事を言う。

「悪かったな、タケル。迷惑を掛けた」

潔く頭を下げた翠に、カヤもならう。

タケルは二人のつむじに向かって「やれやれ」と言うような溜息を吐いた。

「いいえ。貴方様に迷惑を掛けられるのには慣れておりますので」

「素直な弟を持てて嬉しいよ」

タケルの皮肉に、翠は苦笑いを零した。

良かった。いつも通りの二人だ。

頭を上げたカヤは安堵の息と共に、込めていた肩の力を抜いた。

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