【完】絶えうるなら、琥珀の隙間
翠は気を悪くするような様子を見せることも無く、穏やかに言う。

「私は戯れを言っているつもりは無いよ、相模。だがな……」

「承知していらっしゃるならば尚更でございましょう!お力と共に、最善の道を選択するだけの冷静さをも失ってしまわれたのか!」

途中で相模に言葉を遮られた翠だったが、それでも再び言葉を紡ぐ。

「すまない相模。少し私の話を聴いてくれないか……」

「相模殿の仰る通りでございますぞ、翠様!」

しかし、翠の決意を真向から否定する言葉は、相模以外の者からも飛んできた。

それを皮切りに、次々とそこら中から野次が上がる。

「婿を取り、子を成す事が力無き貴女様のお役目ですぞ!何故抗われるのですか!」

「考えをお改め下さい!婿も取らない、退任もしないなどと言う意見がまかり通るはずが無い!」

「一刻も早く次の神官が必要だと言うにっ……貴女様は我が国を滅ぼすおつもりか!」

想像していたよりもずっと激しい糾弾に、カヤは言葉を失うしか無かった。

翠の続投を願う高官達も反論の言葉を返すが、圧倒的に相模派の人間が多く、その声はすぐに呑まれてしまう。

以前に審議を盗み見た時とは、明らかに比率が異なっていた。

時間と共に意見が変わったのか、それとも相模が何か手を回したのか―――――


「無礼な物言いは慎め!」

あまりにも騒がしい部屋の中、堪忍袋の緒が切れたらしいタケルが、声を張り上げ立ち上がった。

翠が警告するような視線をタケルに送るが、激高しているらしい彼はそれに気が付かない。

代わりに、不穏な空気を感じ取ったらしいミナトが腰を浮かせたのが見えた。

その瞬間、翠がなぜミナトを同席させたのか分かった気がした。

こうなる事を予想していたから、ミナトにタケルを抑制してもらおうと考えたのかもしれない。

「貴様ら、これ以上翠様を愚弄してみろ!私が許さぬぞ!」

「タケル様、どうかご冷静に……」

ミナトの遠慮がちな警告に、案の定タケルは一瞬我に返ったような表情をした。

しかし、抑制が必要なのはタケルだけでは無いようだった。

「愚弄ですと?愚弄していらっしゃるのは貴方達の方ではありませぬか!」

タケルと同じぐらい激怒していた相模が、翠とタケルに向かって指を突きけた。

引っ込みかけていたタケルの怒りが一瞬で戻り、何なら先ほどの怒りを呆気なく突き抜けてしまったのが分かった。

「なにぃ!?どういう事だ!」

「ッタケル様!いけません!」

「ええい、離せミナト!」

タケルは咄嗟に止めようとしたミナトの腕を振り払うと、鼻息荒くドスドスと歩き、胸倉を掴んでしまいそうな勢いで相模に詰め寄った。

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