【完】絶えうるなら、琥珀の隙間
翠の目論見通り、誰しもが身動き出来ない空気の中、柔和に弧を描いていたその目元が、つ、と移動した。

「……それからな、相模」

僅かに低くなった声に呼ばれ、相模の肩がビクッと慄く。

「私が民を愚弄していると言ったか?そなたがどのような考えを持とうと勝手だが、それ以上は虚辞を連ねてくれるなよ」

静かな言葉の裏に、轟々と滾る焔。

反論どころか、何かを言う事すら赦さぬような眼光が、絶対的な支配力を持って相模に突き刺さる。

思わず、と言ったように相模の足が半歩後ずさった。

「……申し訳、ございません……」

強張ったように頭を下げた相模に、翠は再び笑みを浮かべた。

「分かってくれれば良いのだよ。さあ皆、静粛に着席頂けるだろうか」

翠がそんな事を言う必要も無かった。
席を立っていたものは無言で着席し、そして誰も言葉を発することは無かった。

黙りこくる高官達をぐるりと見まわし、翠は静かに口を開いた。

「――――三年だ」

凛とした澱みの無い声が響き渡る。

「私の髪が元の長さに伸びるまでの三年間、猶予をくれないか」

はっきり丁寧にそう言って、翠は手の中の髪を目の前に横たえた。

切り離された黒髪は、それでも艶やかな光を纏っている。


「私は今まで、力こそが国を守る唯一の術だと考えていた。以前私は、今すぐの退任をするつもりは無いと申し上げたものの、結局もそれは混乱を避けるためであって、次の神官までの繋ぎと言う意味合いが大きかったのだ」

空っぽの右手を見下ろしながら、翠は言う。
二度と力が宿る事の無いであろう、その右手を。

ほんの少しだけ、眉が悲しげに歪んだように見えた。
しかし翠は、すぐに顔を上げる。

「だが考えてみてほしい。本当に力が無いと国は守れないのだろうか?」

翠の瞳が、真っ直ぐに場を見渡す。

「近隣諸国のどの国も、力を宿さぬ者が国を治めている。それでも己の采配力だけで、立派に国を守っているのだ……隣の弥依彦殿の国も、また然り」

最後に付け足された言葉には、僅かな複雑さが見て取れた。

気持ちは分かる。
あのどうしようもない我儘王子が治めている国だが、それでも国力は翠の国と同等なのだ。


(でも……確かに翠の言う通りだ)

隣国は弥依彦と言うよりもハヤセミが治めていると言った方が近いだろうが、それでもハヤセミもまた力の無いただの人間である。

どちらかと言えば、この国のように神官が頂点に立って治めている方が珍しいのだ。

国として機能している近隣諸国を見る限り、力が全てだと言う考えは、確かに少し違うのかもしれない。

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