【完】絶えうるなら、琥珀の隙間
「私は、かねてより"強国"とは何を持ってそう言うのかを考えてきた。だが力を失った今、ようやくその答えに一歩近づけたように思う」

翠も、そして翠の母上も、そのまた母上も、ずっと同じ事を模索してきたに違いない。

どうすれば脅かされる恐れの無い安寧の世を民にもたらす事が出来るのかを、ずっと、ずっと。

「私達はお告げを絶対とし、それに従ってきたが、それに頼り続けていては国は躍進しない。現に神官と言うたった一人の存在を無くしただけで、我が国はこんなにも揺らいでしまっている。そのような国は決して強国とは言えまい」

そして今、翠はその結論を見出した。

「本当の強国とは、幾ら泥臭く足掻こうとも、己の足だけで歩んでいける国だと思うのだ」

この国の礎に深く根付いてしまっていた常識を、新たに打ち砕いて。


「我が国がそこまでに成るには、長い年月と相当の努力が必要だろう。だが私は生きているうちにこの国を本当の意味で強固なものにしたい。今こそ……今こそが、この国が生まれ変わる時だと思うのだ」

翠の声に、その眼に、熱が籠っていく。

翠は激しく望んでいた。名声や権力のためでは無い。

幼い頃から、ひたすらにそれに向かって走り続けてきた、彼の、たった一つの。

「そのためなら、私はどのような努力も厭わない。その過程で血反吐を吐いたとしても、必ずや成し遂げてみせる。全ての民の幸福のために。そして私の夢の為に!」

一度は無くしかけ、それでもやっぱり諦めなかった揺るぎない夢を、死にもの狂いで叶えるため。

―――――今まさに逆境の炎を、身体中に燃やしていた。



「だから、どうか頼む!私に力を貸して欲しい!お願いだ!」

深く深く頭を下げた翠に、誰しもが息を呑んだ。

よもや国の頂点とも言える人間が、恥も外聞もかなぐり捨てて、ここまで必死になって頼み込んでいる。


翠の言葉は、突き刺さるように真摯なものだった。

少なくともカヤの心には真っ直ぐに響いてきて、そしてそれがカヤだけでは無かった事にすぐに気が付いた。

一点の曇りも無い透き通った意志は、その場に居た人間の心に、確かな変化を与えた。


「……血反吐を吐かれては困りますな」

沈黙を貫いていた桂が、静かに口を開いた。

「治世を望むなら、健やかで居て頂かなければ。貴女様は少しご自分のお身体を労わらない節がある」

その言葉に、翠がゆっくりと頭を上げる。
俄かに信じがたい、と言うような表情だ。

カヤも耳を疑っていた。

なぜならば桂の言葉は、翠が今の座に立ち続ける事を許容するように聞こえたからだ。


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