【完】絶えうるなら、琥珀の隙間
翠は、見え切れないその真意を探るかのように、じっと桂を見つめる。
「そう言われますと、私にも青い野心を抱いていた頃がありましたなぁ」
そんな翠の視線を受けながら、桂は懐かしむ様に立派な顎鬚を撫でた。
「……やはり青いか?私の考えは」
「ええ、大変に青い。青すぎて年寄りには喰えません」
わざとらしく肩を竦め、そして桂は翠を見据える。
「―――――ですので、熟すまで待つとしましょう」
髭に覆われた口元には、紛う事なき笑みが浮かんでいた。
「桂……」
驚きで言葉を無くす翠から視線を外し、桂はズラリと並んでいる高官達を見渡す。
「皆の者も異論はあるまいか」
桂の言葉に、ほとんどの高官達が頷いた。
ただ一人、相模を除いては。
相模は神妙な面持ちで腕を組んでいた。
唇を真一文字に結び、何かを考え込んでいるような表情だ。
「のう、相模殿」
そんな相模に桂が声を掛ける。
「昔は二人で今の翠様が仰るような夢物語を、夜通し語り合ったな。覚えておるか?」
「……ええ、覚えておりますとも」
チラリと桂に視線を向けつつ、相模はぶっきら棒に頷く。
「私達は青臭さを無くしてしまったのだろうな。長く生きてきたせいで現実を見て歯止めを掛ける事ばかりを覚えてしまったが……育とうとしている若芽を摘んでしまうのは愚かな事なのかもしれぬ」
穏やかな桂の言葉を、相模は頷きもせず聞いていた。
ただ、目線は落ちているものの、彼が桂の言葉を一言一句漏らさずに聞いているのが分かった。
「翠様の仰る事は確かに夢物語やもしれぬが、少なくとも私は若かりし頃の情熱を再び呼び起こされたよ」
相模殿は如何かな―――――と、桂は問う。
その場の全員の視線が、黙りこくる相模に向いた。
長い長い沈黙の後、
「……ええ、ええ、分かりましたよ。桂殿の仰りたい事は良く分かりました」
観念したように相模の口が開いた。
仕方なさそうに溜息を吐き、相模は翠に視線を投げかける。
「翠様。貴女の青い考えに私共は付き合いましょう。正直勝つ望みの薄い博戯とは思いますが、足掻くだけ足掻いてみなされ」
「よくぞ言った」と、桂が軽快に笑う。
相模も、ふ、と片方の口角を上げて、堪えきれなかったような嗤いを零した。
翠は、万遍の笑みを浮かべていた。
嬉しくて仕方が無い、と言ったように眉を歪めて、ともすれば歓喜のあまり泣き出してしまいそうなようにも見えた。
それを隠すかのように、翠は再び、深く深く頭を下げる。
「皆の者、心より深謝するっ……」
何かを堪えるように固く拳を握りしめる翠を、桂は真剣な面持で見つめていた。
「翠様。私も含め、この場の全員が貴女様の覚悟を受け取りました。但し貴女様が仰られたように、ひとまず三年間です。三年後の秋に再び私共にお見せ下さい」
頭を上げた翠と桂の視線が交わる。
「そう言われますと、私にも青い野心を抱いていた頃がありましたなぁ」
そんな翠の視線を受けながら、桂は懐かしむ様に立派な顎鬚を撫でた。
「……やはり青いか?私の考えは」
「ええ、大変に青い。青すぎて年寄りには喰えません」
わざとらしく肩を竦め、そして桂は翠を見据える。
「―――――ですので、熟すまで待つとしましょう」
髭に覆われた口元には、紛う事なき笑みが浮かんでいた。
「桂……」
驚きで言葉を無くす翠から視線を外し、桂はズラリと並んでいる高官達を見渡す。
「皆の者も異論はあるまいか」
桂の言葉に、ほとんどの高官達が頷いた。
ただ一人、相模を除いては。
相模は神妙な面持ちで腕を組んでいた。
唇を真一文字に結び、何かを考え込んでいるような表情だ。
「のう、相模殿」
そんな相模に桂が声を掛ける。
「昔は二人で今の翠様が仰るような夢物語を、夜通し語り合ったな。覚えておるか?」
「……ええ、覚えておりますとも」
チラリと桂に視線を向けつつ、相模はぶっきら棒に頷く。
「私達は青臭さを無くしてしまったのだろうな。長く生きてきたせいで現実を見て歯止めを掛ける事ばかりを覚えてしまったが……育とうとしている若芽を摘んでしまうのは愚かな事なのかもしれぬ」
穏やかな桂の言葉を、相模は頷きもせず聞いていた。
ただ、目線は落ちているものの、彼が桂の言葉を一言一句漏らさずに聞いているのが分かった。
「翠様の仰る事は確かに夢物語やもしれぬが、少なくとも私は若かりし頃の情熱を再び呼び起こされたよ」
相模殿は如何かな―――――と、桂は問う。
その場の全員の視線が、黙りこくる相模に向いた。
長い長い沈黙の後、
「……ええ、ええ、分かりましたよ。桂殿の仰りたい事は良く分かりました」
観念したように相模の口が開いた。
仕方なさそうに溜息を吐き、相模は翠に視線を投げかける。
「翠様。貴女の青い考えに私共は付き合いましょう。正直勝つ望みの薄い博戯とは思いますが、足掻くだけ足掻いてみなされ」
「よくぞ言った」と、桂が軽快に笑う。
相模も、ふ、と片方の口角を上げて、堪えきれなかったような嗤いを零した。
翠は、万遍の笑みを浮かべていた。
嬉しくて仕方が無い、と言ったように眉を歪めて、ともすれば歓喜のあまり泣き出してしまいそうなようにも見えた。
それを隠すかのように、翠は再び、深く深く頭を下げる。
「皆の者、心より深謝するっ……」
何かを堪えるように固く拳を握りしめる翠を、桂は真剣な面持で見つめていた。
「翠様。私も含め、この場の全員が貴女様の覚悟を受け取りました。但し貴女様が仰られたように、ひとまず三年間です。三年後の秋に再び私共にお見せ下さい」
頭を上げた翠と桂の視線が交わる。