【完】絶えうるなら、琥珀の隙間
翠は丸々十秒間はそのまま待った。
それでもミナトが口を開く事は無い。


「ミナト、さあ」

そうして、再度翠が催促の言葉を掛けた時だった。

「……申し訳ありませんが、私には出来かねます」

それまでピクリとも動かなかったミナトの唇が、そんな固い声を吐き出した。


「そうか」

翠は落ち着き払った様子でそう言う。

だが次の瞬間、その眼光に明らかな険しさが刻まれた。

彼の感情がたった今良くない方向に切り替わった事に気が付き、カヤは息を呑んだ。

翠は片腕でカヤを抑えたまま、静かに問う。

「いつかはカヤが、真剣での稽古をしなければいけない事は分かってはいるな?」

「はい」

「そのためには剣の師もまた真剣を手にし、弟子の相手をしなければいけない事も分かっているな?」

「はい」

「だが、そなたは出来ないと言うのだな」

「はい」

全ての問いかけに、ミナトは毅然として頷いた。

「分かった」と翠は溜息交じりに言う。

嫌な声色だった。
何かとてつもなく不穏な予感がした。

そしてその直感は、憎たらしい事に間違いでは無かった。

「弟子の上達を妨げるような者は師に相応しくない。本日限りで、ミナトをカヤの指南役から外す」

翠が下した命令は、驚愕的なものだった。

「す、翠様、何を言って……」

抗議しようと慌てて口を開きかければ、それを許さぬ速度で「それから」と、翠が追撃の言葉を被せてきた。

「先日の言動を見るに、そなたはカヤに悪い影響を与えそうだ。今後一切そなた達が言葉を交わす事を禁じる」


今度こそカヤは見事に黙り込んだ。
否、言葉を失ったと言った方が近い。

事態が呑みこめなかったのだ。
それほど翠の言っている事は現実味が無さすぎた。


(翠が言いたいのは、つまり)

―――――金輪際、ミナトと会話すらするなと言う事だった。




「来なさい、カヤ」

呆然としていたカヤは、翠に腕を引かれ、よろめくようにしてその場から歩かされた。

翠はこちらを振り返る事もせず、カヤからミナトを引き離して行く。


(嘘だ)

待って。待ってくれ。
だって、こんなの在り得ない。

確かに今日は翠が稽古に居たけれど、いつも通りミナトとくたくたになるまで討ち合って、陽が暮れたら「またね」とさよならするだけの日だったはずなのに。


(嫌だ、こんなの絶対に可笑しい)

翠に引っ張られながら、カヤは咄嗟に身を捩って後ろを振り向いた。

広場の真ん中ではミナトが一人立ち尽くしていた。
俯いていてその表情は見えない。

けれど、身体の横でぶら下がる両腕があまりにも力無かったため、カヤは思わず叫んでいた。

「ッミナト!」

ぴくり、とミナトの肩が小さく反応した気がした。


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