【完】絶えうるなら、琥珀の隙間
「カヤ。言葉を交わすなと言っただろう」

前を行く翠が、事更に厳しい声色でカヤを叱咤する。

「っお願いです、翠様!待って下さいっ……」

「良いから大人しく着いて来なさい」

「嫌です!放して下さい……!」

どうにか抵抗を見せるが、どうにもならなかった。
翠には力で勝てなかった。

それでもカヤは藻掻いた。

意味が無いとは分かっていても、足を踏ん張ったり、腕を振りほどこうと、とにかく必死に暴れた。

翠はカヤを屋敷の方へ連れ帰ろうとしたようだったが、あまりのカヤの暴れっぷりに、それを諦めたようだ。

じたばたと揉み合いながら、翠はカヤを人気の無い食糧庫の裏手に連れてきた。


「カヤ!頼むから聞き分けてくれ」

食糧庫の外壁にカヤを押し付けた翠は、いの一番にそう言った。

嫌だ!と大声で叫びたかったが、カヤはそれを呑みこんだ。

子供じみた事を言っても、翠は絶対に聞き届けてくれない。

そのためカヤは、今の感情を押し付けるのではなく、きちんとした理由を翠に説明しようとした。

「違うの、翠!ミナトが断ったのは私が下手すぎて危ないからだよ!」

しっかりと翠の眼を見て、必死に訴えかける。
翠は意外にも黙って聴いてくれた。

「私、真剣なんて持った事ないし、木刀振るのでさえもまだ形になって無いし、もしかしたら予想外の動きするかもしれないし、絶対に怪我するし……だから、だからミナトは……」

どうにか冷静であろうと思ったが、動揺していたせいか、やはり最終的には支離滅裂な言葉になってしまった。

泣きそうになりながら俯けば、じっとカヤの言葉を聞いていた翠が静かに口を開いた。

「……あのな、カヤ。ミナト達屋敷の兵は、日頃から真剣を使った訓練もしているんだ。ミナト程の腕前なら何ら問題無く寸止め出来るし、カヤが予想外の動きをしたとしても、ちゃんと受け止めるよ」

残念ながら、翠の言葉の方がよっぽど説得力があった。

カヤは稽古の件で反論出来る余地は無いと悟り、会話の矛先を変えざるを得なかった。

「っじゃあ、なんで会話も禁じるの?そこまでする必要無いでしょう?」

「言っただろう。ミナトはカヤに悪影響を与える」

「なっ……」

翠の態度が妙に落ち着いているから、カヤは無性に腹が立ってしまった。

「ミナトはそんな人じゃない!」

どうして翠にそんな事が分かると言うのだ。

絶対に絶対に、翠よりもカヤの方がミナトの事を知っている自信があった。

ありったけの怒りに任せて怒鳴ると、翠は、ふと長い睫毛を伏せた。

「……カヤ。今はまだ時間をくれないか。必ずその時が来たら理由を話すから」

存外に哀し気に言われたものだから、カヤは頭に上った血が意に反して引いていくのを感じた。

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