【完】絶えうるなら、琥珀の隙間
「あのな、カヤ」

柔らかな声が落ちてきた。
ぐらぐらする頭の中、カヤは翠の言葉に耳を傾けた。

「俺も、カヤと真剣で手合わせしろって言われたら怖気づくよ。と言うか、きっと出来ないと思う。タケルとなら出来るけどな」

カヤはゆっくりと顔を上げた。

涙で弛む視界の中、優しい手つきで頬を撫でる翠の顔が見えた。

「違うんだ。タケルもカヤも同じくらい大切だけど、違うんだよ」

全然違うんだ――――と、繰り返すように言った翠の言葉は、酷く曖昧なものだった。

「何……?違うって何?全然分かんないよ……どういう事……?」

喉をひくつかせながら問うが、翠は答えてくれなかった。

カヤと視線を合わすことを避けるように、その眼を伏せるばかり。

「"そういう事"だよ、ごめんな」


(どうして)

嗚呼、やっぱり狡い。
そんな苦しげな顔、何もかもが狡くって。


「……分かったよ……」

そう小さく呟くしかなかった。



次の日から翠の命令通り、二人が会話をする事は一切無くなった。








「……寒」

びゅう、と寒風が肌を舐め、身震いをしたカヤは己を掻き抱いた。

森の中の湖のほとりで、カヤは一人腰を下ろし目の前の真っ白な景色を眺めていた。


昨日の夜、遂にこの国にも雪が降った。

今年初めての雪はそこまで多くは降らなかったものの、それでも湖を囲む草原の緑が薄っすらとしか見えない程度には積もっている。

湖の水は重たく、どんよりとしていて、底が見えない。

夏には深緑が眩しかった明るい森も、今はどこか陰鬱な空気を纏っていた。


ミナトとの会話を禁じられてから、四日が経った。

約束通りカヤはミナトに会いに行かなかったし、ミナトもまた、カヤに会いに来なかった。

翠はと言うと、あの日の翌日からずっと公務のためタケルと二人で屋敷の外へ出かけており、未だ帰ってきてなかった。

正直それは助かった。
今、翠の顔を見たくは無かった。

翠の不在に伴い、カヤには数日間のお暇が言い渡されていた。

今こそ剣の稽古をすべきなのだろうが、カヤはあの日から剣に触れてさえいなかった。

最近の寒さのせいか、秋の祭事で崩した体調も元に戻らないし、何より気力が湧いてこないのだ。

家に閉じこもって腐っているのも如何かと思ったので、今日はこうして湖まで散歩に来たのだが、やっぱり気持ちはあまり晴れなかった。



「……帰ろ」

カヤは溜息と共に立ち上がり、ゆっくりと湖を離れた。

さく、さく、と雪を踏みしめながら村を目指す。
カヤの心は、あの日からずっと水底に沈み続けていた。

初めは翠に対して抱いていた『怒り』も、今は落ち着いてはきていた。

だがそれは恐ろしい事に今や『諦め』に変貌しかけてもいた。
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