【完】絶えうるなら、琥珀の隙間
隙を見てミナトと言葉を交わす事は出来るかもしれないが、翠がそれを知れば、お説教だけではすまないだろう。

下手すれば怒られる以前に、人間として見切りを付けられる可能性もある。

あの人はカヤの想い人でもあるが、同時に畏怖する対象でもあるのだ。

カヤは怖かった。
命令に逆らったカヤを、果たして翠がどう思うのか。それを知るのが堪らなく怖かった。


暗い気持ちで村の門を跨いだカヤは、

「――――……カヤ様……カヤ様!」

不意に自分を呼ぶ声が聞こえ、足を止めた。

「……サヨさん?」

カヤに手を振りながら歩いてくるのは、ヤガミの奥方であるサヨだった。

その隣には、よちよちと歩くトバリの姿もある。


「ご無沙汰しております、カヤ様」

「はい、お久しぶりです!トバリも久しぶりだねえ」

指をしゃぶっているトバリの前にしゃがみ込み、目線を合わせる。

「私のこと覚えてるかなあ?」

窺うようにトバリの瞳を覗き込めば、その眼がニコリと笑った。

「かやー」

舌足らずにそう言って抱き着いてきてくれたトバリに、カヤはとても嬉しくなった。

「覚えててくれたの?ありがとー」

ぎゅーっと小さな身体を抱き締めていると、微笑みながら二人を見ていたカヤが、口を開いた。

「カヤ様、ミナト様から髪飾は貰われましたか?」

そう言えば、ミナトが『サヨから石を安く売って貰った』と言っていたっけ。

祭事の時の会話を思い出しつつ、カヤは頷いた。

「あ、はい……貰いました。そう言えばサヨさんから安く買わせて頂いたと聴きました。ありがとうございます」

「いえいえ。元々ミナト様は元値で買って下さると仰っていたんですけど、御値下げは私の方から申し出た事なんです。ですので、全くお気になさらず」

ニコニコと笑うサヨに笑顔を返しつつ、カヤはどうしても後ろめたさを拭えなかった。

ミナトから貰った髪飾は、あの日からずっと家に置いてある。

何だか気まずくて、未だ髪に差せずに居たのだ。


「それにしても、ミナト様も憎い事をされますよね」

ぼんやりとしていたカヤの耳に、そんなサヨの声が届いた。

「……へ?と言いますと?」

「あら、聞いていらっしゃらないんですね。あの髪飾り、確かに石は私から単体で買われたんですけど、後はご自分で作られたんですよ」

「そ、そうなんですか!?」

知らなかった。
そんな事、ミナトは一言も言ってはいなかった。

「あれだけお忙しい方ですのに、毎日のように私の顔見知りの鍛冶師のところへ通ってらしたんですよ。ただでさえ銀細工は難しいし、慣れないうちは怪我もしやすいので、鍛冶師に作ってもらった方が良い、って言ったんですけどね」


(あ、指の怪我……)

不意に、ミナトの指に巻かれていた包帯の事を思い出した。
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