【完】絶えうるなら、琥珀の隙間
喧嘩でもしたのかと思っていたが、今思えば指先だけ怪我しているのも不自然な話だ。
(あれは、もしかして)
髪飾を作った時に出来た傷なのでは無かろうか。
「だけどミナト様は譲らなかったんです。どうしても自分で作りたいから、と仰って」
―――――お前の瞳に良く合ってる、と。
あの日彼は、そう言ってくれた。
(私、は)
危うく失いかけていた。
ミナトが自ら選んで、ミナトが自ら作り出してくれた想いの欠片を、確かに受け取ったのに。
(どうして、そこまでしてくれるんだろう)
こんな自分に、そこまでしてもらえる理由なんて無いのに。
嗚呼、でもきっと、その理由を知ろうとするのは愚かな事なのだ。
その部分を知らなくても、カヤに出来る事がただ一つある。
―――――それは、己の弱さに付け込んで、ミナトの優しさから眼を背けない事だった。
その後、家に戻ったカヤはすぐに、布に包んで仕舞っていた髪飾を取り出した。
掌の中で小さな太陽が控えめに輝く。
カヤは、それを胸に抱きしめた。
何もかもが大切だった。
カヤに向かって笑いかけてくれる人達、数々の思い出、そしてこの髪飾も。
大切な物が多い程、全てを守りきるのは酷く難しい。
その傲慢さを望むなら、相応の覚悟を持つ必要があるのだと、ようやく分かった。
翠の短剣が仕舞ってある胸元に髪飾をしっかりと差し込み、カヤは家を飛び出した。
一度も足を緩める事も無く走った。
雪で何度も滑って転びそうになるが、それでも。
向かう先に一糸の迷いも無かった。
「っ、はあ……はあ……あれ……?」
ミナトの家が見えてきた頃、ようやくカヤは足を止めた。
家の入口から、小さな影がひょっこりと出てきたのだ。
「――――それでは、器はまた貰いに来ますので。残さず飲むのですよー」
そんな声が、透き通った空気を伝って聴こえてきた。
「ナツナ……?」
見慣れた友人の姿に驚いていると、ナツナもまた、立ち尽くすカヤの存在に気が付いた。
「あれ、カヤちゃん?どうして此処に……あ、でも丁度良かったのです」
雪の中を軽やかに走ってきたナツナは、ニコニコと笑顔を見せた。
「へ?丁度良いって……?」
「今日は冷えるので、ミナトに生姜汁をお裾分けに来たのですよ。後からカヤちゃんの家にもお持ちしようと思っていたので、丁度良かったのです。宜しければ、今から私のお家にいらっしゃいませんか?一緒に飲みましょう」
何とも素敵な申し出だったが、カヤはすぐに首を縦には振れなかった。
「えーっと、ありがとう。じゃあ、もう少し後にお邪魔しても良いかな……?」
「何かご用事でも?」
「あ、いや、そのー……少しミナトと話しをしたくって……」
しどろもどろになりながら言えば、ナツナが不思議そうに首を傾げた。
「でも、翠様に会話を禁じられているのですよね?」
カヤは、すでにナツナに事情を説明していた。
いきなり二人が会話をしなくなれば、皆が心配するだろうと思ったためだ。
(あれは、もしかして)
髪飾を作った時に出来た傷なのでは無かろうか。
「だけどミナト様は譲らなかったんです。どうしても自分で作りたいから、と仰って」
―――――お前の瞳に良く合ってる、と。
あの日彼は、そう言ってくれた。
(私、は)
危うく失いかけていた。
ミナトが自ら選んで、ミナトが自ら作り出してくれた想いの欠片を、確かに受け取ったのに。
(どうして、そこまでしてくれるんだろう)
こんな自分に、そこまでしてもらえる理由なんて無いのに。
嗚呼、でもきっと、その理由を知ろうとするのは愚かな事なのだ。
その部分を知らなくても、カヤに出来る事がただ一つある。
―――――それは、己の弱さに付け込んで、ミナトの優しさから眼を背けない事だった。
その後、家に戻ったカヤはすぐに、布に包んで仕舞っていた髪飾を取り出した。
掌の中で小さな太陽が控えめに輝く。
カヤは、それを胸に抱きしめた。
何もかもが大切だった。
カヤに向かって笑いかけてくれる人達、数々の思い出、そしてこの髪飾も。
大切な物が多い程、全てを守りきるのは酷く難しい。
その傲慢さを望むなら、相応の覚悟を持つ必要があるのだと、ようやく分かった。
翠の短剣が仕舞ってある胸元に髪飾をしっかりと差し込み、カヤは家を飛び出した。
一度も足を緩める事も無く走った。
雪で何度も滑って転びそうになるが、それでも。
向かう先に一糸の迷いも無かった。
「っ、はあ……はあ……あれ……?」
ミナトの家が見えてきた頃、ようやくカヤは足を止めた。
家の入口から、小さな影がひょっこりと出てきたのだ。
「――――それでは、器はまた貰いに来ますので。残さず飲むのですよー」
そんな声が、透き通った空気を伝って聴こえてきた。
「ナツナ……?」
見慣れた友人の姿に驚いていると、ナツナもまた、立ち尽くすカヤの存在に気が付いた。
「あれ、カヤちゃん?どうして此処に……あ、でも丁度良かったのです」
雪の中を軽やかに走ってきたナツナは、ニコニコと笑顔を見せた。
「へ?丁度良いって……?」
「今日は冷えるので、ミナトに生姜汁をお裾分けに来たのですよ。後からカヤちゃんの家にもお持ちしようと思っていたので、丁度良かったのです。宜しければ、今から私のお家にいらっしゃいませんか?一緒に飲みましょう」
何とも素敵な申し出だったが、カヤはすぐに首を縦には振れなかった。
「えーっと、ありがとう。じゃあ、もう少し後にお邪魔しても良いかな……?」
「何かご用事でも?」
「あ、いや、そのー……少しミナトと話しをしたくって……」
しどろもどろになりながら言えば、ナツナが不思議そうに首を傾げた。
「でも、翠様に会話を禁じられているのですよね?」
カヤは、すでにナツナに事情を説明していた。
いきなり二人が会話をしなくなれば、皆が心配するだろうと思ったためだ。