【完】絶えうるなら、琥珀の隙間
やがてカヤが幾らか落ち着いた頃、ミズノエは顔を上げた。

「見て、琥珀。今日は空が高いね」

その声に、カヤもまた顔を上げる。

砦の廊下の窓からは、真っ青に晴れ渡る空と、そこに燦々と浮かぶ太陽が見えた。

「ほんとだ」

始終暗い砦の中に居ると、外があんなに明るいなんて嘘みたいだ。

砦に連れてこられて以来、一度も外には出して貰えていない。

もう、お日様の温かさすら忘れてしまった。


「……お外に出たいなあ」

無意識にそう呟けば、ミズノエが一瞬哀しそうな顔をしたのが分かった。

カヤは慌てて、にへっと笑って見せた。

「へへ。なんちゃってね」

そうおどけるが、ミズノエはいつもみたいに笑顔を返してはくれなかった。

「あのね、琥珀」

それどころか、見たことも無いような真剣な眼をしている。

どこか大人びたその眼差しに、カヤは思わず息を飲む。


「大人になったらさ、結婚して夫婦になれるんだって」

「けっこん……とと様と、かか様みたいな?」

「うん、そう」

頷いたミズノエは、両手でカヤの手を握った。

「僕、頑張って大人になったら兄様みたいな凄い人になるよ。そうすれば、誰も僕のお嫁さんを虐めないし、お願いだって聴いてくれるはずだ」

初めて会った時よりも、ちょっとだけ大きくなった手。
その優しい指に、ぎゅっと力が込められる。

「だから、琥珀が僕のお嫁さんになれば良い。そうしたらお外に出て二人でたくさん遊ぼうよ」

ミズノエのお嫁さんになって、ずっと二人で。
何も哀しくない場所で、ミズノエだけと、幸せに暮らす。


「だからその時まで待ってて。絶対に琥珀をお嫁さんにするから」

――――それは、なんて素敵な事だろう。



「うん!お約束!」

嬉しくて嬉しくて、カヤはまたミズノエに抱き着いた。

勢い余って彼を押し倒してしまったけれど、しこたま打った頭を押さえながら、ミズノエは笑っていた。

カヤもずっと笑っていた。
交わした約束が、そうさせた。





その日、夕方から突如崩れ始めた天気は、夜になる頃には酷い荒れ模様となった。

強風が吹き荒れ、叩きつけるような雨が砦に降り注ぐ。
それは、かつて無いほどの嵐だった。



「――――カヤ……カヤッ……」

真夜中、カヤは揺り動かされて眼が覚めた。
目の前には緊張したような顔のかか様が居た。

「ん……かか様……?なあに……?」

眠たい眼を擦りながら、ゆっくりと身体を起こす。
窓の外ではビュウビュウと激しい風が吹き荒れていた。

そんな喧噪の中、何やら小さな荷物を抱えたかか様は、きっぱりと言った。

「カヤ、逃げましょう」

「……へ?」

「嵐で砦の東側が崩れて、兵達が皆そっちに集中しているの。今なら警備が手薄だわ」

かか様の言っている事は、カヤには少し難しかった。

けれど、かか様がここから逃げ出そうとしている事だけははっきりと分かった。

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