【完】絶えうるなら、琥珀の隙間
顔をしかめていると、ハヤセミは快活な調子で言った。

「どれが宜しいですか?」

「……はい?」

「貴女の祝言で、貴女が身に付ける石を、貴女に選んで頂こうかと。どれが宜しいですか?」

嫌味ったらしいほどの丁寧な説明だった。
カヤは、くらくらと眩暈を感じた。

懐妊が分かってから、まだ日も浅いと言うのに。

この男はそこまでカヤのこの国に引き込みたいと言うのか。


(……いや、違う。正確には"この子"だ)

無意識に腹に手を当てながら、歯噛みする。


ミナトの妻になってしまえば、もうそれこそ最悪の状況になってしまう。

『王の弟君の妃』という立場は『神官の世話役』と言う立場よりも重いのは、考えなくとも分かった。

嫁になってしまった後、下手にカヤが脱走として翠の国に戻れば、今度は翠の方がカヤを攫った咎人と見なされる恐れもある。

それを避けるためにも、絶対にミナトと祝言を上げるわけにはいかなかった。

―――――かと言って、大っぴらに拒否をするわけにもいかない。

ハヤセミは、ミナトとカヤが親しい仲だと上手い具合に勘違いしてくれているのだ。

そして何故かは分からないが、数日間様子を見た限り、ミナトはハヤセミに翠が男だと告げていないようだった。

もしも告げ口されたら何が何でも白を切り通すつもりだったので、その状況はカヤとっては非常に有難いものだった。

しかし、それも時間の問題なのかもしれない。

ミナトとカヤが恋仲でないと知られれば、激昂したハヤセミはカヤの口を割ろうとしてくるだろう。

そうなれば行き着くところは、翠の正体の露見だ。

ミナトの嫁になるわけにもいかない一方で、ハヤセミにはこのまま勘違いし続けてもらいたいところだった。



カヤは自分自身を落ち着けようと深呼吸をした後、なるべく穏やかにハヤセミを見据えた。

「祝言の事ですが、行って頂かなくても大丈夫です。そのような事はせずとも、私達は互いを生涯の伴侶としてしっかり認め合えている仲ですので」

「仲睦まじいのは結構な事ですが、ミズノエは一国の王の弟です。そして貴女はその妃。正式な婚礼の儀を行って頂かない訳にはいきませんね」

やけくそ気味に言った言葉は、あっさりと却下された。

非情に腹が立つが、確かにハヤセミが言っている事は一理ある。


必死に他の言い訳を考えていると、ハヤセミの顔に薄ら笑いが浮かんだ。

「私は貴女様と我が弟の祝言が大変に楽しみで仕方が無いのですよ。ああ……それから勿論、御子もですが。健やかにお生まれになると良いですね」


それを聞いて、握った拳がぶるぶると震えた。

(よくも、そんな事を……)

何が楽しみだ?何が健やかにだ?

違うだろう。その寒々しい笑いの裏には、真っ黒い思惑が隠れているだろうに。

お前は、この国の繁栄のためにこの子を犠牲にするつもりなのに!


(……この子、も……)

それを悟り、息を呑む。

そうだ。犠牲になるのだ。

何も心配なく円満に歩むはずだったその人生から外れ、茨の道を行く。


――――――かつて全てを失ったカヤのように、この子も、また?

背筋が、ぞっと凍った。


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