【完】絶えうるなら、琥珀の隙間
あのどん底まで落ち切ったあの絶望感を、きっと腹の子も経験する事になる。
涙が枯れるまで泣いて、そうして心が破壊された、幼い頃のカヤと同じような。
何も罪を犯していないのに。
ただただ、この世に生を受けただけなのに。
"―――――ごめんね、ごめんね。あなたは何も悪くないのにね"
カヤに謝り続けていたかか様の、苦し気な表情が浮かぶ。
同じだった。
カヤはきっと今、あの時のかか様と全く同じように、身が捩れるような申し訳なさを感じていた。
(ごめん……なさい……)
あなたは、産まれてこない方が幸せなのかもしれない。
母として絶対に思ってはいけない事を思ってしまった瞬間、あまりの己の不甲斐なさに涙が出た。
「どうして泣いておられるのです?」
因縁の男の前で泣いてしまったカヤの顎を持ち上げ、ハヤセミは不躾に泣き顔を覗き込んできた。
その質問に答えず、手を振り払う。
無言で涙を拭いていると、ふっ、と嘲笑が降ってきた。
「……ああ、成程。嬉しくて泣いているのですね」
(こ、いつ、は……)
カッ、と目の前が真っ赤になった。
怒りのあまり、無意識に夜具の下に隠してある短剣に指が伸びた。
この男を殺せれば、どれだけ良いだろう。
とと様とかか様が味わった恐怖を、痛みを、気が狂うくらいまで味あわせて、そして原型を留めないくらい、ぐちゃぐちゃにしてやりたい。
もしもそれが叶うなら、例えこの命を捨てる事になっても―――――
(だめ、だ)
頭の中で、自分が自分を制した。
(私が死んだら……この子が……)
カヤは短剣に向かって伸ばしかけていた指を、ゆっくりと引き戻した。
残酷な選択だった。
産まれてこない方がこの子のためかもしれないのに、苛烈な世界に産み落とそうとするなんて。
―――――実感なんて露ほども無いが、これも母性なんだろうか。
ぼんやりと頭の片隅で感じながら、カヤはハヤセミの方を一切向きもせず、口を開いた。
「……石は何でも良いです。お好きにして下さい」
固い声で言ったカヤに、ハヤセミはにっこりと笑った。
「分かりました。ではこちらで選んでおきましょう」
衣を翻して部屋を出て行ったハヤセミの背中を睨み付けながら、どうしても振るう事が出来なかった短剣を、強く強く握りしめた。
無理して起き上がったせいか、はたまたハヤセミの顔を見てしまったせいか。
その日の体調は今まで一番、最低最悪なものとなった。
「……カヤ。大丈夫か?」
太陽が沈んだ頃、横になっていたカヤは、そんな声に瞼を上げた。
「律……おかえり……」
目の前には心配そうにカヤを覗き込んでいる律が居た。
真っ暗な部屋の中、彼女の白い髪がやけに浮き上がって見える。
またもや数日間不在だった律だが、どうやら帰ってきたらしい。
涙が枯れるまで泣いて、そうして心が破壊された、幼い頃のカヤと同じような。
何も罪を犯していないのに。
ただただ、この世に生を受けただけなのに。
"―――――ごめんね、ごめんね。あなたは何も悪くないのにね"
カヤに謝り続けていたかか様の、苦し気な表情が浮かぶ。
同じだった。
カヤはきっと今、あの時のかか様と全く同じように、身が捩れるような申し訳なさを感じていた。
(ごめん……なさい……)
あなたは、産まれてこない方が幸せなのかもしれない。
母として絶対に思ってはいけない事を思ってしまった瞬間、あまりの己の不甲斐なさに涙が出た。
「どうして泣いておられるのです?」
因縁の男の前で泣いてしまったカヤの顎を持ち上げ、ハヤセミは不躾に泣き顔を覗き込んできた。
その質問に答えず、手を振り払う。
無言で涙を拭いていると、ふっ、と嘲笑が降ってきた。
「……ああ、成程。嬉しくて泣いているのですね」
(こ、いつ、は……)
カッ、と目の前が真っ赤になった。
怒りのあまり、無意識に夜具の下に隠してある短剣に指が伸びた。
この男を殺せれば、どれだけ良いだろう。
とと様とかか様が味わった恐怖を、痛みを、気が狂うくらいまで味あわせて、そして原型を留めないくらい、ぐちゃぐちゃにしてやりたい。
もしもそれが叶うなら、例えこの命を捨てる事になっても―――――
(だめ、だ)
頭の中で、自分が自分を制した。
(私が死んだら……この子が……)
カヤは短剣に向かって伸ばしかけていた指を、ゆっくりと引き戻した。
残酷な選択だった。
産まれてこない方がこの子のためかもしれないのに、苛烈な世界に産み落とそうとするなんて。
―――――実感なんて露ほども無いが、これも母性なんだろうか。
ぼんやりと頭の片隅で感じながら、カヤはハヤセミの方を一切向きもせず、口を開いた。
「……石は何でも良いです。お好きにして下さい」
固い声で言ったカヤに、ハヤセミはにっこりと笑った。
「分かりました。ではこちらで選んでおきましょう」
衣を翻して部屋を出て行ったハヤセミの背中を睨み付けながら、どうしても振るう事が出来なかった短剣を、強く強く握りしめた。
無理して起き上がったせいか、はたまたハヤセミの顔を見てしまったせいか。
その日の体調は今まで一番、最低最悪なものとなった。
「……カヤ。大丈夫か?」
太陽が沈んだ頃、横になっていたカヤは、そんな声に瞼を上げた。
「律……おかえり……」
目の前には心配そうにカヤを覗き込んでいる律が居た。
真っ暗な部屋の中、彼女の白い髪がやけに浮き上がって見える。
またもや数日間不在だった律だが、どうやら帰ってきたらしい。