【完】絶えうるなら、琥珀の隙間
最近は起き上がるのさえ億劫で、命じられた食事の同席さえも断り、眠っている事が増えた。

夢を見ている間はまだ身体が楽なのだ。

そのため時間の感覚が麻痺しかけていた。

現に、まだ朝早くかと思ったが、太陽の位置を見るにもうお昼過ぎのようだ。


―――――最近、あっという間に一日が終わっていく。

太陽が沈んだかと思えば、またすぐに東から顔を出して、翠が居ない日々が積み重なっていく。

その度に、距離だけではなく、心すらも離れていってしまうように思った。



(……会いたい)

夢で翠に会うと、堪らなく現実の翠に会いたくなる。

その欲から逃れるため、カヤは懐にしっかりと隠してあった短剣を取り出した。

薄緑色の石が柄に嵌め込まれている短剣は、翠の護身用の剣と対になっている。

カヤの命を守るため、そして共に居る事を忘れないために、と翠がくれたものだ。

念のため、と攫われた日も眠る前に懐に忍ばせておいたおかげで、唯一あの国から持ってくる事が出来た私物である。

ミナトはおろか、律にも存在は伝えていないため、砦に来てからもほとんど懐に入りっぱなしの短剣だったが、ここ最近は寂しくて堪らず、こうして眺める事が多くなった。


(共に在る事を忘れないため……)

まじないのように、翠から貰った言葉を言い聞かせる。
縋る様に、短剣を握り締めた時だった。


「――――クンリク様、よろしいですか」

部屋の入口からそんな声が聞こえ、カヤは一瞬で短剣を夜具の中に隠した。

「ど、どうぞ」

焦りながらも普通の声を装って言葉を返す。
この声はハヤセミだ。

「失礼します」と言って部屋に入ってきたハヤセミは、寝台から起き上がろうとしたカヤを制した。

「体調が悪いのでしょう。そのままで結構です」

「……いえ、大丈夫です」

なんとなくハヤセミの前で無防備な姿で居たくなかったため、カヤは体に鞭打って起き上がった。

ハヤセミはそんなカヤに少し眉を寄せたが、すぐに本題に入った。

「これを見て頂きたいのですが」

そう言って彼は、何やら手にしていた台座を差し出してきた。

柔らかな布の上に乗っているのは、十個ほどの色とりどりの石だった。

パッと見た目はそこらへんに転がっていそうな大き目の石だが、カヤにはそれが何なのか分かった。

一度サヨから見せてもらった事がある。

宝石の原石だ。
しかも、サヨが持っていたものよりかなり大粒に見える。

きちんと磨けば、それはそれは見事に光り輝くに違いない。


「……えーっと……何ですか、これは」

「我が国で採取された宝石の原石です。最高級のものを用意しました」

「はあ……」とカヤは戸惑い交じりに返答する。

こんなものをカヤに見せびらかしてきて、何がしたいのだろう。

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