【完】絶えうるなら、琥珀の隙間
胸の中で心臓が暴れまわっていて、信じられない程に呼吸が荒かった。

緊張で全身小刻みに震えながら、遂にカヤは広間に足を踏み入れた。


石壁が広がる見慣れた大きな空間には、四人の人間が居た。

右手側に座しているのは、ハヤセミと、ミナトだ。

そして向かい合うようにして座っているのは、大きな熊のような図体のタケルと、しなやかな背中を持つ人物が―――――


「カヤ!」


弾かれたように、その人が立ち上がった。

たった二言だけ紡がれた声に、心臓を鷲掴みにされる。


翠だ。
目の前に、翠が居た。


「すっ……」

愛しい名前を呼ぼうとした瞬間、

「琥珀!駄目だろ!」

大きな身体が、交わっている視線を遮る様に割り込んできた。


「えっ……?」

「具合が悪いんだから、ちゃんと休んでろ!ほら、戻るぞ!」

まるで翠の視線からカヤを隠すように立ちはだかりながら、ぐいぐいとミナトが肩を押してくる。

確かに疲弊はしているが、具合なんて別段悪くない。

現にさっきまで衣装合わせをしていたのを、ミナトも見たじゃないか。


「なっ……わ、わたし、具合悪くなんてっ……」

「おや、クンリク様。体調は良くなられたのですか?」

強い力で押され後ずさりしてしまったカヤに、ハヤセミが不思議そうな顔でそう尋ねてきた。

カヤが何かを言う前に、ミナトが即座に答えた。

「朝に比べればマシになったようですが、まだ少し顔色が悪いので部屋に連れて行きます」

何処か焦った様なミナトの表情を見て、やっと理解した。

翠の来訪を敢えて知らせなかったのは、ハヤセミでは無い。

ミナトが独断で隠していたのだ。
何故かハヤセミに嘘を付いてまで。


(どうして)

あれだけ翠に会せてと乞うたのに、どうしてそんな酷い事が出来るのか、全く分からなかった。

律が知らせてくれなければ、カヤはきっと翠が来ている事すら知らないままだっただろう。

どうしようもなく腹が立って、この場からカヤを連れ出そうとする屈強な腕に抵抗した。

「離してっ……離してよ……!」

しかし体格差が歴然としているカヤに勝ち目は無かった。

ほとんど抱えあげられるようにして後退させられ、翠との距離がまた離れて行く。


嫌だ、嫌だよ、翠。
せっかく会えたのに!


「――――ミナトッ!」

鋭い声が空気を破った。

思わず、と言ったようにミナトが動きを止める。

ミナトの肩越しから、立ち上がった翠がこちらを見据えているのが見えた。

「少しで良い。カヤの体調に問題が無いようなら、しばし同席させてくれないか」

ぶわっ、と涙腺が決壊しそうになってしまった。

(翠、翠)

駆け寄りたい、抱き着きたい、その頬に同じものを寄せて、口付けて、飽きるまで彼の名を呼びたい――――

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