【完】絶えうるなら、琥珀の隙間
「ハヤセミ殿も、どうか頼む」

粛然と申し出た翠に、ハヤセミは肩を竦めた。

「私は一向に構いません。ミズノエ、翠様もそう仰っておられる。クンリク様にもご同席頂いてはどうだ」

そこまで言われてしまっては、ミナトに拒否をするという選択肢は残っていなかった。

「……っ、分かりました」

苦々し気に呟いたミナトは、カヤの背中に手を当て、三人が座している広間の上座側に向かうよう促す。

はやる気持ちを押さえながら歩き出そうとした時、ふ、とミナトの口元がカヤの耳に近づいた。


「――――余計なこと言うなよ」


カヤにしか聞こえないように囁いた唇は、一瞬後には離れて行く。

(……え?)

思わず背後のミナトを振り向くが、彼はもうカヤの方を見ないまま、ハヤセミと自分の間に挟むようにしてカヤを座らせた。


腰を下ろして目の前を見やれば、翠と眼が合った。

安堵したような、嬉しそうな、でも少し泣きそうな、そんな笑顔を浮かべる彼に、カヤもまた同じような笑顔を返す。

以前までは当たり前だったけれど、翠と眼を合わせられる事は、なんて幸福な事だったのだろう、と思った。



(……髪、少し伸びた)

最期に会った時はうなじくらいだった彼の髪は、肩に付くか付かないかの位置にまで伸びていた。

叶うなら、その過程も見たかった。

日ごとに移り変わる翠の風貌を、少したりとも見逃したくなかったのに。

必死に涙を堪えながら見つめていると、翠が口を開いた。

「少し髪が伸びたな」

カヤが思っていた事と同じ事を口にした翠に、思わず笑ってしまった。

「ええ、翠様も」

「元気そうで安心したよ」

「はい。翠様もお変わりないようで何よりで御座います」

そう言葉を交わし、互いが互いを見つめ合う。


肝心な事は口にしなくても、すぐに分かった。

翠は変わらずカヤを思ってくれているのが分かったし、カヤも翠を思っているのだと翠に伝わったことも分かった。


翠は数秒間余分にカヤを見つめた後、やがて名残惜しそうに視線を逸らし、厳然とハヤセミを見つめた。

「すまない、ハヤセミ殿。話を再開させてくれ」

真面目な表情に切り替わった翠に、ハヤセミが「ええ」と頷いた。

「翠様の御要求としましては、クンリク様の身柄の引き渡し、でしたね?」

「ああ。正直ミナトの身柄も引き渡して貰うのが道理だろうがな」

厳しい眼が、カヤの左隣に座しているミナトに向く。

ミナトは気まずそうな表情をするわけでも無く、背筋を伸ばしてその視線を受けていた。

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