【完】絶えうるなら、琥珀の隙間
「そこに眼を瞑って頂けるとは、まあご寛大なお考えとは思いますが」

ゆったりと言ったハヤセミが、底意地悪く眼を細めた。

「……しかし、この二人を引き剥がすのは如何なものでしょうかね?」

前を見つめていたカヤは、ハッとして右隣のハヤセミを見た。

この男が何を口にしようとしているのかが分かったのだ。


「何が言いたい」

勿論その言葉の意味が分からないであろう翠は、顔をしかめる。

まるでそんな翠を挑発するかのように、ハヤセミがニッコリと笑みを浮かべた。

「我が弟ミズノエとクンリク様が、この度めでたく祝言を上げるので御座いますよ」

翠の頬が引き攣った。

「祝言……だと……?ミナトと?」

強張る表情を見て、一気に冷や汗が噴き出してきた。

違うんだ!と大声で主張したかったが、声が出なかった。

珍しく大きな動揺を見せた翠だったが、そこはさすがだった。

己を落ち着けるように一呼吸置き、そして翠が次に口を開いた時、その声は見事に冷静さを取り戻していた。

「それはカヤの了承を取っての事なのか?」

ハヤセミ側が無理やりカヤに祝言を強いている、と完全に疑って掛かっているような言い方だった。

無理も無い。
確かにカヤが、自分の意思で喜んでミナトと祝言を上げるはずが無い。

―――――どうしようも無い理由さえ無ければ、だが。



「いえいえ、了承も何も……そんなもの、取る必要すら御座いません」

短く嘲笑したハヤセミは、ポン、と馴れ馴れしくカヤの背中に手を置いてきた。


「クンリク様の腹には、子が宿っておりますので」


しん、と身震いするような沈黙がその場に流れた。


「……は?」

聞こえてきたのは、翠の間の抜けた声だった。

"翠様"の声では無い。
カヤと二人きりの時のような、全くの素の声だ。

驚きのあまりか、翠は女性を偽る事すらも忘れてしまっていた。


「こ、ども……?カヤが……?」

大きくたじろぐ眼が、ゆらゆらとカヤを映す。

翠の視線が、咄嗟にカヤの腹を向いたのが分かった。

しかしカヤの腹はまだ、全くと言っていいほど大きくなっていない。

嘘か真か判断しかねたらしい翠は、震える声でカヤに尋ねてきた。

「本当、なのか……?」

擦れた声に、同じくらい擦れた声で返した。

「本当……です」

翠の眼が衝撃に大きく見開かれる。

一瞬言葉を失ったかのように見えた翠は、数秒間黙り込んだ後、そっと言葉を吐いた。


「……父親は誰だ?」


揺らぎに揺らいだ瞳が、カヤの左隣に移動する。
カヤと祝言を上げる予定である、ミナトへ。

「ま、さかっ……」

信じたくない、と言うように歪んだ顔を見た瞬間、もう黙っている事に耐え切れなくなった。


「すっ……」

咄嗟に立ち上がった。
――――否、正確には立ち上がりかけた。

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