【完】絶えうるなら、琥珀の隙間
ハヤセミは倒れているカヤを見た瞬間、すぐさま弟に尋ねた。

「クンリク様はどうされた?」

「いや、いきなり腹を押さえだして……」

「だったら今すぐ医務官を呼んで来い」

皮肉にもカヤが言いたかった事を即座に口にした。

「し、しかし……」

狼狽えるミナトの視線が、カヤとハヤセミを行き来する。

この組み合わせをこの場に残してくのが、心配なようだった。

もたもたしているミナトを咎めるように、ハヤセミは眼を細めた。

「早くしろ」

鋭く言い放たれたミナトは、遂に立ち上がると、バタバタと部屋を出て行った。

床に転がりながら、ハヤセミを睨み付けるように見上げる。

彼はカヤを無表情に見下ろしながらも、すっ、と手を差し伸べてきた。

「クンリク様。寝台まで歩けますか」

「……結構、です……自分で歩けます……」

幸いにも、ぶっ倒れた時よりも幾らか痛みが和らいでいた。

ゆっくりと起き上がったカヤは、ふらふらと寝台に向かい、慎重に横たわる。

申し出を拒否されたハヤセミは、そんなカヤを黙って見ていたが、やがて静かに近づいてきた。

「お身体の方がどうかされたのですか」

「……いえ、もう大分治りました」

腹を撫でながらぶっきら棒に言えば「なら宜しいのですが」と、呟いたハヤセミは、振り返って部屋を見回した。

「ところで、何があったのかお伺いしても?」

例えハヤセミでなくとも、そんな質問が飛んでくるのは当然だった。

カヤが暴れ回ったせいで、部屋の中は荒れてに荒れていた。

床に敷かれていた麻布は隅の方でくちゃくちゃに丸まっているし、窓際に置かれていた壺の丁度品は、床で粉々に割れている。

入口あたりに散らばっている布の塊は、カヤが荷造りしたはずの衣だ。

袋の口が開いて飛び出てきたらしい。

「えーっと……」と言葉を濁し、カヤはどうにか言い訳を考えた。

「少々、祝言の事で口喧嘩を……ミズノエがなかなか衣装を決めてくれないので……」

いや、さすがに無理があるだろうか。

明後日の方向を見ながら言えば、ハヤセミは「はあ」と訝し気に言葉を吐く。

「……それはそれは、激しい口喧嘩ですね」

皮肉とも言える言葉に、カヤは何も返さなかった。

とても『口喧嘩』どころではない部屋の惨状だったが、幸いにもハヤセミはそれ以上深くは突っ込んでこなかった。

胸を撫で下ろしていると、しつこく寝台の横に居続けていたハヤセミが、口を開いた。

「泣いたのですか?」

唐突な質問に、カヤは思わずハヤセミの方を見てしまった。

ハヤセミは、恐らく赤く染まっているのであろうカヤの瞳を見据えている。

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