【完】絶えうるなら、琥珀の隙間
「……いえ、別に」

ふいっと顔を逸らす。

どうせカヤが泣こうが怒ろうが、一切興味無いだろうに。

そう心の中で毒づいたカヤの耳に、まさかの言葉が飛び込んできた。

「どうして泣いておられるのです?」

ぴし、と背筋が凍り付いた。


(こい、つは……またそんな事を……)

あれはカヤの懐妊が判明して、すぐの時だった。

祝言で使う石をカヤに選ばるため、この部屋にやってきた時も全く同じことを言ったのだ。

産まれてきても必ず波乱の人生を歩むであろう我が子に申し訳なくて、涙してしまったカヤに全く同じ事を言って、そして。

"ああ、成程。嬉しくて泣いているのですね"

そう言い放ったこの男は、殺したいほどに腹の立つ嘲笑いを浮かべていた―――――


「貴女は全然笑わないですね」


煮えくり返っていた怒りが、一瞬どこかへ飛んで行った。

「……え?」

予想もしていなかった科白に、意図せず呆気に取られてしまった。

「私は、貴女が砦に戻って来てから、笑った所をまだ一度も見ていません」

ポカン、と口を開けるカヤを訝し気に見つめながら、ハヤセミは言葉を続ける。

驚きのあまり、今まで頑なに合わせようとしてこなかった憎い男と、じっと眼を合わせてしまった。

今更ながら、やはりミナトと兄弟なのだ、と思い知らされる。

切れ長の目元は、ミナトのそれと驚くほど似ていた。


「私には女心と言うやつは良く分かりませんが……普通は好いた男と夫婦になれるとなったら、もっと喜ぶものではないのですか?」

突然、目の前の人物がハヤセミでは無い誰かに思えてしまった。

信じがたいことに、ハヤセミは他の人が浮かべるのと全く同じような『不思議そうな顔』をしていたのだ。


「貴女は、私の弟を好いているのではないのですか?」


―――――それはそれは、とても純粋な疑問だった。




「兄上!連れて参りました!」

ミナトが医務官を引き連れて戻ってきたため、二人の会話はそこで終わった。

「すぐに診てくれ」

ハヤセミは短くそう言って、医務官と入れ替わるようにして部屋を出て行く。

「大丈夫か、琥珀!少しは痛み治まったかっ?」

「う、うん……」

心配そうに枕元にやってきたミナトに答えながらも、カヤの眼は部屋を出て行くハヤセミの背中を追っていた。


医務官はすぐにカヤを診てくれた。

腹に耳を当て、軽く押したり掌を当てたりし、そして最後にカヤの脈拍を測ると、未だ不安げな表情のミナトを振り返った。

「大丈夫でしょう。恐らく一時的に腹が張っただけでしょうな。ですが、安定し始めた時期とは言え油断は禁物ですぞ。くれぐれも御安静になさって下さい」

念を押すようにそう言って、医務官は部屋を出て行った。

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