【完】絶えうるなら、琥珀の隙間
カヤがそんな事に気を取られている間にも、翠様の言葉の意味を理解した村人達は少しづつ増えていく。

戸惑いに溢れていたざわめきは、やがて歓喜のざわめきへと変貌していった。

カヤは、村人達に視線を戻した。

大喜びで抱きしめ合う村人の中には、涙を流す者も居た。
翠に向かって手を合わせ拝んでいる者も居る。

ただただ、誰もが翠様の言葉に笑っていた。


爽やかな春の空の下、彩られた喜悦の渦に、翠様がようやく微笑んだのが見えた。






「す、翠様!」

そんな空気を破ったのは膳の絶望に満ちた声だった。

翠様は朗笑を一瞬で取り払い、村人達に背を向けて膳を見下ろした。

「どうかっ……どうかご再考下さい!」

膳は泣きそうな表情で翠様に向かって手を付き、頭を地面に擦りつけた。


その瞬間、翠様の表情が奇妙なほど無表情となった。
カヤはその行為を火に油を注ぐ行為だと感じた。

それ以上何かを言えば、翠様の沸々とした怒りはきっと膳を呑みこむだろう―――――


「私は貴女様のために今日まで尽力して参りました!」

そんな事には気づかない様子で、膳は必死にまくしたてる。

「誰よりも民を思い、そして誰よりも貴女様の事を思って……!」

その瞬間、ギョッとした表情で膳は言葉を止めた。
翠様の右手が、左腰の剣に掛かったのだ。


――――すらり。
迷いのない手つきがそれを引き抜く。

晴れ渡る空に鈍い光を放ちながら弧を描き、その切っ先はピタリと膳の顔に当てられた。

「ひっ、」

膳が喉の奥から潰れたような悲鳴を漏らす。

先ほど瞬間的に見せた笑顔など感じさせない表情。
翠様は、間違いなく今日一番激昂していた。

「……お前は、本当に口の減らない奴だ」

地の底から沸き上がるような恐ろしい声。
自分に向けられた物ではないと分かっているのに、カヤは膳同様にピクリとも動けなかった。

目の前で、翠様の剣が脅すように鈍い光を放つ。
その切っ先を呆然と見つめるカヤは、ふとある事に気が付いた。


(あ、れ……?なんかこの剣、見覚えが……)

そんなはずないのに。

ゆっくりと翠様の左腰にぶら下がる鞘に目を移す。
そこに収められている薄緑色の石が視界に飛び込んできた。


「今までお前達に土地の管理を一任していた私が愚かだったよ」

怖いくらいに淡々と言う翠様の言葉を耳に届けながらも、必死に記憶を辿る。


とても最近、誰かがその剣と同じ物を持っていた。

そう、確かあの日は森で男達に追い回された日。
あの草原で、あの月光の下、カヤは一度それを眼にしている。


「私には綺麗事しか吐かぬその口、切り落とした方がお前のためか?」

ぴたり、と膳の唇に切っ先が触れた。

――――そして、そうだ。
その剣を持っていた張本人を、カヤは知っている。



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