【完】絶えうるなら、琥珀の隙間
「じ、実は、民に分与しようとした土地の多くが、作物が育たず根腐れを起こしてしまうような酷い土地だったのです!」

必死の口調で訴える膳を、翠様は黙って見つめている。

「ですから、私共が責任を持って土地の地質を整えた後、民に分け与えようとしていたのです!これも全て、民を思っての事なのでございます!」

膳の訴えを聞いた翠様は「なるほど」と腕を組んだ。

「では今はその最中、という事か」

「そうでございます!」

首がもげる勢いで頷く膳に、翠様はハッと嘲笑交じりの声を吐いた。

「……尚更可笑しな話だ」

くつくつ、と。
そう吐き捨てる翠様の肩は、笑いと共に揺れている。

本当に可笑しくて笑っているのだはないと分かった。
それはきっと膳も。

翠様は恐怖さえ感じる笑みを口元に浮かべながら、膳を見下ろした。

「つい今しがた、私はその例の土地を幾つか見回ってきたのだよ。……なあ膳、私が何を見たと思う?」

ゆっくりと、まるで脅すかのように問いを求めた翠様。
追い詰められた動物のような膳は、乾いた声で呟いた。

「わか、りません……」

その声に一切の覇気は無い。

「では教えてやろう」

翠様は瞬き一つせずに、含みのある声で言った。

「どれもこれも、立派に整備された田畑しかなかったよ」

真実を告げた言葉に、膳もカヤも言葉を失った。

「私が見る限り、何年も前からきちんと田畑として機能しているように見えるものばかりだった。あれ以上地質の整理が必要そうな土地は無いように見えたのだが……」

「奇妙な事だな?」とさも可笑しそうな言う翠様に、膳はもう何も口にしなかった。

ただただ力なく、その場に崩れ落ちた。


(……え?なんだ、これは)

にわかに信じがたい目の前の状況に、カヤは呆けたまま動けない。


翠様はしばし膳を見下ろしていた。
ぞっとする程に冷たく、美しく、カヤは視界に映してしまった事を後悔した。

おかげで眼が逸らせない。


が、翠様はやがて溜息交じりの息を吐くと、くるりとカヤたちに背を向けた。


「――――ここに宣言する!」

そして、青空に響き渡るような高らかな声で民衆に告げた。

「本日まで皆に豪族を通じて分け与えていた土地を、今日限りで一旦私の元へ返還させる!」

遠巻きに頭を下げていた村人達が、その言葉に驚いたように顔を上げた。
翠様は良く通る声で、続ける。

「その後、私の管轄の下、再度土地を民に分与しよう!今度こそ平等にだ!」

翠様はそう宣言し終えたが、村人達は現状が理解できないようで、その場にはざわめきが溢れた。


翠様は黙って村人達の当惑している様子を見渡していた。
美しい横顔は相変わらず凛としていて、一切の揺るぎさえ感じさせない。

しかし、カヤはふと気が付いた。
その拳が固く握りしめられている事に。

それはまるで、さも緊張しているかのように見えて、カヤは思わず翠様の拳をまじまじと見つめてしまった。

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