【完】絶えうるなら、琥珀の隙間
真っ青な表情で押し黙る膳に、翠様はもう何も言わなかった。

ただ膳を斬りつけるような事はせずに、ゆっくりと剣を引きそして鞘に収めた。

カチン、と軽い音を立てて剣が収められた瞬間、細い琴線のような張り詰めていたその場の空気が僅かに緩和される。

それを見計らったように、少し離れたところで様子を見ていたらしいタケルが静かに近づいてきた。

そして他の兵達に、膳を屋敷に連れていくように命じた。
うなだれる膳は、半ば引きずられるようにしてその場から去っていった。

その後ろ姿を見届けた後、タケルが翠様に問いかける。

「……翠様。膳の処遇はいかがいたしますか?」

「位を剥奪の上、牢に幽閉しろ」

「承知しました。期間はどれほどに?」

「次の祭事までで良い」

淡々と目の前で行われるやり取りを、カヤは呆然と立ち尽くしながら見つめた。

翠様に視線が固定されてどうしても外せない。

(嘘だ、こんなの。ありえない)

だって、身に纏っている衣も、言動も、肌の色も違う。
なんなら性別だって正反対だ。


「よろしいのですか?少々短いのでは?」

「良い。罰は十分受けた。それに牢を出た後も報いは受け続けるだろう」

「……では、そのように。翠様はお早く屋敷に戻ってお休み下さい。顔色が悪いですぞ」

「そんな事は無い」

「そんな事あります。全く、ここ数日ほとんど寝ずに調べ物などされているから……」

けれど、女性にしては高めの背丈や、あえて高くしているようなその声質。
口元も、掌も、所々に面影があるように思えてならないのだ。

「祭事までに片づけたかったのだよ」

「相変わらず篤実な……貴女様は占いにだけ集中して下されば良いのですよ」

タケルの言葉に、翠様がくすりと笑った。
その美しい黒髪をふわりと揺らしながら、翠様がこちらを見やる。

「そうもいきまいよ」

かつて、宝石のようだと思ったその瞳が、少しだけ弧を描いた。
まともに通じ合った視線に息が止まった。


「占い以外の公務を怠って、また『胡散臭い占い』と言われてしまっては適わないからな」


可笑しそうにそう言った翠様の言葉が、カヤの疑問を確信へと変えた。


『胡散臭い占い』

―――――なぜならそれは、コウに向かって言った言葉だったから。





「なっ……!」

体中に衝撃が走って、カヤは目の前の翠様を指さしてしまった。

「ななななんで……!?」

思わず後ずさりをするカヤの口から出てきたのは言葉にならない言葉達。

「……なんだ、一体どうしたのだ、娘?」

タケルに危ない人でも見られるような目つきで見られた。
しかし、そんな事など一切気にならない程にカヤは動揺していた。

翠様は薄く微笑を浮かべたまま、カヤを見つめている。
その笑顔は、不気味さすら感じるほど。


(どこからどう見たって翠様だ。分かってる!分かってるけど……!)

でも、コウだ。間違いなく翠様は、コウだ!

(え?え?コウは女だった?いや、それとも翠様が男だった?)

双子?物の怪の類?それとも自分の妄想か?

駄目だ、頭が追いつかない、訳が分からない、一体全体これはどういう事なのだ!?

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