【完】絶えうるなら、琥珀の隙間
とは言え、ミナトの言う通り、ハヤセミならばそれが偽りだと気が付くかもしれない。

少しの時間ならば騙せるだろうが、死体が見つからなければハヤセミは間違いなく疑いを持つだろう。

重たい沈黙が部屋を支配した。


「……とにかく皆、疲弊しているだろう。今日は一旦休ませてもらおう」

翠の言葉は、正直助かった。
歩きすぎたのと、考えすぎたのとで、身体も頭もクタクタだった。

残りの三人も同じだったらしい。
翠の言葉を皮切りに、各々が重たい足取りで立ち上がった。

「三人方はこちらへ」

ミナト、タケル、そして弥依彦は、膳に連れられてぞろぞろと部屋を出て行く。

そうして、ごく当然のように二人きりになった部屋の中、カヤは少し挙動不審になりながら翠を見上げた。

「あ、あれ?私達、同じ部屋なのかな?」

「気使ってくれたんだろ」

優しくそう言った翠の指が、カヤの額を撫でる。

存在を確かめるように触れる指先。
白くて繊細な、翠の指。ずっとこれが欲しかった。


「……隣、行っても良いか?」

カヤを撫でていた翠が、窺うように尋ねてきた。

「勿論だよ。どうぞどうぞ」

喜んで空間を開けると、翠は静かに隣に横たわり、カヤの身体を柔く抱き寄せた。

カヤもまた、その肩口に額を擦りつける。

間違いない、と確信した。
背中の形、皮膚の甘い香り、呼吸の速度。

全ての感覚が、翠の腕の中に居るのだと、はっきり知らしめてくれる。


「カヤ、疲れたろ。眠りな」

頭を撫でてくれる指に誘われるようにして、意識が夢の中へと引き摺り込まれていく。

けれど、まだ翠を見たい、話したい、抱き締めていたい。

強烈な力で閉じて行く瞼に抗うけれど、それでもゆっくりと確実に落ちて行く。

「……うん……」

やがてカヤは諦めて眼を閉じ、ゆらゆらと微睡の狭間を漂った。


すっぽりと包まれるような体温、そして絡み合う足の先。
知っている。それがとても心地良い事を。


(あれ、まただ)

この感覚、つい最近どこかで――――――


(……どこだったっけ……)

駄目だ。もう考える事が億劫だった。



「――――おやすみ、カヤ」

優しい声に導かれるようにして、カヤは久しぶりに安寧の中で眠りに就いたのだった。



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