【完】絶えうるなら、琥珀の隙間
「ええ、今後の事でございますが」

膳は、そう口火を切った。

「翠様は、この娘を屋敷へ戻すおつもりですか?」

翠は静かに首を横に振った。

「屋敷へ戻すと、カヤが生きているとハヤセミ側に気付かれる恐れもある。カヤの身は何処かに隠すつもりだ」

「当てがある、と言う事でしょうか」

「あると言えばあるんだが……」

そんな事は初耳だったカヤは、思わず会話に口を挟んだ。

「え?どこ?」

「俺も実際には行ったことは無いんだけど、昔、母上が療養のために過ごされた隠れ家があると聴いている。そこなら安全に過ごせるかとも思ったんだけど……」

「……だけど?」

何故だか浮かない顔の翠に、カヤは首を傾げた。

「隠れ家があるのは山奥で、かなり遠いんだ。あまりカヤに長旅をさせたくも無い」

気遣うように頭を撫でられ、カヤは申し訳なさで心がいっぱいになった。

自分の与り知らない所で、翠は色々と考えていてくれていたらしい。

けれど今のカヤの状況のせいで、翠に気を遣わせてしまっている。

「あ、あの、もう少ししたら今よりも動けるようにはなると思うよ。そうしたらきっと長旅だって……」

カヤの訴えかけに、翠の目が鋭く光った。

「あのな、カヤ。頼むから大人しくするって事を覚えてくれ。もうカヤ一人だけの身体じゃないんだぞ」

ぴしゃりと言われ、思わず口籠る。

確かに多少向こう見ずな所はあると自覚しているが、翠が過保護すぎるのもまた事実だろうに。

そんな二人の会話を聴いていた膳が、口を開いた。

「翠様。宜しければ、その娘はこの村で匿いましょうぞ」

「え?」

カヤも翠も、同時に驚きの声を漏らした。

「此処は見ての通り小さな集落でございます。それに住人は皆、私の臣下とその家族のみ。私が命じれば秘密も口外致しません。この集落でしたら、安全に子を産めるのではございませんか」

まさかの提案だった。
一体どういう風の吹き回しだと言うのか。

なんたって目の前の男は、かつてカヤを殺そうとした人物なのだ。

―――――信用しても良いのだろうか。

正直、カヤの心にはそんな疑念が湧いた。
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