【完】絶えうるなら、琥珀の隙間
そして翠もカヤと似たような事を思ったらしい。

「膳、その申し出は有り難いが……」

恐らく断ろうとしたであろう翠の言葉を、しかし膳が遮った。

「翠様。貴方様のご心配は承知しております。私は貴方様を思うあまり、一度は道を誤りました。何度詫びようと到底消え失せぬ過ちでございます。御懸念されるのも当然の事」

翠の後ろ盾となるためとは言え、土地を囲い込み、豪族としての地位を奪われた膳。

そしてその後、傾国へのきっかけとなってしまうであろうカヤを攫い、葬ろうとした。

何も生み出さず、失う事の方が多かったあの出来事を、カヤは一生忘れないだろう。


黙りこくったカヤは、次の瞬間に眼を疑った。

「――――しかしながら私めは、先日貴方様からのお言葉を頂戴し確信致しました」

なんと膳が床に手を付き、頭を下げる姿勢を見せたのだ。

「やはり貴方様は私にとって敬仰すべきお方に変わりありません。幼かった貴方様と初めてお顔を合わせ、そして忠誠を誓ったあの日から、私の中の意志はたった一つのみにございます」

膳は翠の母上である先代の神官様の時代から仕えていたと聴いている。

カヤが翠と出会うずっとずっと前から、膳は翠に対して尽力してきたのだろう。

その思いの深さを、カヤは到底計り知れない。

けれどきっと、翠は知っていた。

「どうかもう一度だけ、貴方様に私めの忠義を見定めて頂く機会を頂けませんか」

―――――だからこそ翠は、あの森で膳に感謝と謝罪を告げたのだ。



「……本当に良いのか」

静かな翠の問いかけに、膳は揺るぎなく頷いた。

「勿論でございます。万が一、貴方様やこの娘に対して少しでも不穏な動きを感じられたなら、その時は斬り捨てて頂いて構いません」

きっぱりと潔く言い切った膳の瞳は、真剣そのものだった。


膳が嘘偽りを言っているのでは無いと、思わざるを得なかった。

皮肉な事であった。

それはかつて、翠のためにもカヤを葬る、と宣言した時の膳の眼と全く同じだったからだ。

――――――確固とした意志を宿らせた、あの時の眼と。



カヤと翠は視線を交えると、頷き合った。
二人の決断は同じだった。

「膳、それでは宜しく頼みたい」

「ありがとうございます。よろしくお願いします」

深々と頭を下げた二人に、膳の目元が僅かに和らいだのが見えた。




こうしてこの日、カヤの新たな居場所が産まれたのであった。



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