【完】絶えうるなら、琥珀の隙間
ぼんやりとそう感じたカヤの眼の前で、女性が口を開いた。

「――――そうか。それでは咎める事はしないでおこう」

濡れた唇から紡がれたのは、そんな言葉だった。



(……ん?)

あれ、思ってたのと違う。



「はあ!?」

思わず出た驚嘆の声に、その場の視線が一気にカヤに集まった。

しかしそんな事すら気にならない程に、カヤは憤っていた。

「いやいやいや、ちょっと待った、どう見ても虚言でしょう!」

「おい娘!翠様になんて口をっ……!ってこら!近寄るで無い!」

沸き上がった怒りに任せて翠様に詰め寄りかけたカヤを、タケルの腕が遠ざける。

「離してよ!だってこんなの可笑しいでしょう!」

「翠様はお優しいのだ!民を大切に思っていて下さるお方なのだ!」

タケルが唾を飛ばしながらまくし立てた。なんならちょっと顔に掛かった。

「優しさの方向性が間違ってるでしょうよ!そんなの優しさでもなんでも無いわ!」

カヤもまた負けじと喚き散らす。

「お、お前……!」

タケルが愕然とした声を出した時だった。

「……ふっ、ふふ、あはははは!」

堪えきれなかったような、笑い声が聞こえた。

混沌としたこの場にそぐわないそれに、思わずタケルもカヤも動きを止める。

カヤが声の主を見やると、翠様は口元を袖で隠しながら肩を揺らしていた。
笑い方すら上品だ。


「面白い娘だな、そなたは」

翠様は一しきり笑った後、興味を持ったようにカヤをまじまじと見据えた。
その眼が、この金の髪を捉える。

「翠様っ」

タケルが驚いたように声を上げた。
翠様が、スタスタとカヤに近づいてきたのだ。

「いや、良い」

タケルを制し、翠様はカヤの眼の前に立った。

同じ女性のはずなのに、翠様はカヤよりも随分背が高かった。
嫌味の良いようが無いほど完璧な眼が、静かにこちらを見下ろしてくる。


(こ、こわ……)

なぜだか感じた妙な恐怖に、頬が引き攣る。


本能的に後ずさりしかけると、翠様の手がこちらに伸びてきた。

「ひっ、」

肩をビクッと揺らすが、なんて事は無い。
翠様はカヤの髪を一束手に取っただけだった。

やけに間近にあるその瞼から生える睫毛が、信じられないほどに長い。
馬鹿な事に、思わず眼を奪われた。




「金の髪か」

翠様はカヤの髪を物珍しそうに見た後、再びこちらの顔を見やってきた。

「そして、金の瞳」

翠様の瞼を凝視していたために、まんまと視線がかち合う。

「このような目立つ身なりでは、どこへ行っても苦労するだろうな。いっそどこかの金持ちの妾にでもなれば楽なのではないか?きっと守ってもらえる」

それは遠まわしに膳の事を言っているのだろうか。

そんな人生、死んでもご免だ。
呼吸していないも同然と言えるだろう。


< 5 / 637 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop