【完】絶えうるなら、琥珀の隙間
「こ、この娘はっ……養子でございます!私の家に養子として引き取るつもりだったのでございますよ!この娘の親にどうしてもと頭を下げられましてな!」

とんでもない大嘘に、カヤは顔をしかめて膳を見やる。
膳はカヤの不審げな視線を華麗に無視した。

「いやーははは、家が恋しいと暴れるもので、仕方なし腕を縛っていたのですよ。全く、もう暴れてはいけないぞ?」

そう愛想笑いをしながら、膳はカヤの腕の縄を解き始めた。

ニコニコと引きつった笑顔を向けられ、カヤは「はあ」と冷たく言うしか無い。


そして無事に縄が解かれ、晴れてカヤの腕は自由になった。

しかし、強く縛られていたせいで、その手首に赤い跡が残ってしまっている。

(養子に対する仕打ちじゃない気がするんですが)

鈍い痛みにカヤが手首を撫でていると、タケルが隣の人物に声を掛けた。


「……と、申しておりますが、翠様。いかがいたしますか」

タケルの大きな体のせいであまり見えなかったその人物が、一歩前に進み出た。

視線を下げていたため、最初に視界に入ってきたのは上質そうな衣の裾だった。

真っ白なその衣装は、膳の衣よりもずっと絢爛だ。
一目で、かなりの位の人物なのだと分かる。


「それは誠なのだな、膳よ」


その声が鼓膜に届いた時、じわりとした心地よさを感じた。
透明で、緩やかで、まるで川のせせらぎのような声。

声の主が見たくて、ゆっくりと視線を上げる。


刹那、息が止まった。



(知らなかった)

――――人間は、こんなにも美しい人間を造り出せるのか。



しっとりと水に濡れたような長い黒髪も、強そうな、しかし儚げな瞳も、陶器のような白い肌に浮かぶ、紅く熟れた唇も。

強烈に視界に入り込んできたその麗しい女性は、輝きを放っていた。


綺麗だ。
誰かに対してそんな種類の感情を抱くのは、初めてだった。




「は、はい!誠でございます!」

膳の大きな声が、どこか遠くへ行っていたカヤの意識を呼び戻した。

その美しい女性は、膳を探るかのように、じっと見つめた。

たおやかで、濁った事なんて一度も無さそうで。
汚れた腹の底すらも暴きだして、浄化してしまいそうな双眸。

それを隙間なく注がれている膳にすら、カヤは同情してしまった。


(こんなのに見つめられたら、心臓が止まるんじゃなかろうか)

純白を具現化したような瞳の持ち主だ。

きっと、きっと、この人は膳に罰を与えるだろう。
だってそうでなければ可笑しいほどに、美しい。


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