【完】絶えうるなら、琥珀の隙間
可愛がってくれている膳やナツナならともかく、どうしてどちらかと言えば素っ気ない弥依彦にこうも懐いているのか、カヤは不思議で堪らなかった。


「まあでも、蒼月は誰にでもあんな感じだしね……特に女の人が大好きなんだよねぇ、蒼月?」

柔らかな頬を指でツン、と突けば、蒼月は意味も分からずに「ねー」と言葉を返す。

『人見知り』と言う言葉を全く知らないような蒼月は、誰彼構わず目に入った人全員に挨拶をする性格をしていた。

特に女性が好きなようで、ちょっと眼を放した隙に、集落の女達に抱っこをせがんでいる現場を、カヤは何度も目撃していた。


「あんまり愛想振り撒きすぎると、後で痛い目見るぞ。女の人は怒ると怖いんだから気を付けろよ、蒼月」

笑いながらそう言った翠を睨み付けると、彼は慌てて言葉を付け加えた。

「いやまあ、カヤほど優しい女性は見た事ないけどな」

わざとらしく熱を込めて言った翠に、カヤは仕方なさげに笑みを零す。

「調子良いなあ」

「本心だぞ」

「はいはい」

二人の笑い声が、夕焼けに染まる集落に柔らかく響き渡った。










その夜カヤは、翠、ナツナ、膳、一足遅れて到着したタケル、そしてタケルが居ると聞きつけて閉じ籠っていた家から出てきたユタと共に夕飯を囲み、楽しい一時を過ごした。


すっかり後片付けを終わらせたカヤは、蒼月を寝かしつけてくれているであろう翠が居る寝所へと向かうべく、廊下を歩いていた。

お酒が進んでベロベロに酔っぱらってしまったタケルは、気を利かせてくれたナツナとユタに連れられて、今ごろ膳の家で眠っているだろう。

タケルには申し訳ないが、それでも翠と蒼月と親子三人水入らずで過ごせるのが嬉しくて、カヤの足は軽やかだった。


「……ん?」

今まさに寝所の戸を開けようとしていたカヤは、手を止めた。

("また"だ……)

部屋の中から翠の声が聞こえてきたのだ。
とは言え、話し声の類では無い。

ほとんど聞こえないため確かな事は言えないが、まるで旋律を口にしているかのような、心地良い声である。

カヤは、蒼月が産まれてから、何度かそれを耳にしていた。



「翠……?」

そっと戸を開けると、それはピタリと止んだ。

行灯の光だけが灯る暗い部屋の中、夜具の上に胡坐を掻いていた翠は、静かにカヤを振り返る。

その腕の中には、すぅすぅと寝息を立てる蒼月の姿が。

「眠った?」

「ああ、今しがた」

翠は、そっと蒼月を下ろすと、上から夜具を丁寧に被せた。

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