【完】絶えうるなら、琥珀の隙間
見たところ、すっかり熟睡している。

一度眠ってしまえば、ちょっとやそっとじゃ起きない蒼月だが、いつも此処まで辿り着くのに一苦労するのだ。

特に最近体力も付いてきたせいか、カヤが「眠るよ」と言ってもお構いなしに家中を走り回っている事もしばしばである。


「やっぱり翠が寝かしつけると、すぐに寝てくれるなあ。普段は全然寝てくれないのに」

「何でだろうな」

苦笑いをする翠だが、実は先ほど聞こえてきた唄のようなものが関係しているのでは、とカヤはこっそり睨んでいた。

「ねえねえ、いつも何歌ってるの?私にも教えてよ」

正直、苦労せずに蒼月を寝かしつけられる秘儀があるのなら、是非とも伝授してほしいのだが。

「あれは我が一族に伝わる門外不出の子守歌だから、残念ながらカヤには教えられないな。いやー、ほんと残念だ」

わざとらしく溜息を吐いた翠に、カヤは「何それ」と呆れ果てた。



門外不出の子守歌とやらを聞き出すのは早々に諦め、カヤは翠と並んで夜具に寝転がりながら、安らかに眠る我が子の顔を見つめた。


「……大きくなったよな。一時はどうなる事かと思ったけど」

翠が感慨深げに言った。

「うん。生きて、ちゃんとここまで成長してくれて本当に良かった」


驚くほど順調に成長していく蒼月だが、実はかなりの難産の末の子供だった。

丸々二日間に及んだ陣痛によって蒼月の体力はかなり奪われ、取り上げてくれたユタ曰く、命が危なかったそうだ。

それでもこうして無事に大きくなってくれているのだ。人間の生命力にはとても驚かされる。



「死ぬほど辛かったけど、蒼月に会えて良かったなあ……」

まあるい頬にそっと触れる。

そこから生える可愛い産毛までもが、愛おしくて仕方無かった。


「……ごめんな」

不意に翠が謝った。

「え?何が?」

「蒼月の事、カヤ一人に任せっきりにして」

「何言ってるの」

カヤは小さく笑う。

「当たり前の事なんだから気にしないで。それに皆が居てくれるから、全然大丈夫だよ」

気にしないで、と意味を込めて翠の身体を寄せる。

「ね?」と申し訳なさそうな眼を覗き込めば、彼は穏やかに微笑んだ。

「この集落の人達には頭が上がらないな……」

「本当にね。感謝しか無いよ。いつか恩返ししたいなあ」

そう呟いたカヤに、翠は「そうだな」と深く頷いた。

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