【完】絶えうるなら、琥珀の隙間
「ところで、今回の和平交渉はどうだったの?」

カヤは、そう翠に尋ねた。

「あと一息って所だな。今は国内で稟議を通して貰っている。でも北の王も前向きな返答をくれたし、五日後にまた赴いた時には良い返事が聴けるはずだ」

「それじゃあ、いよいよ……」

思わず興奮したカヤに、翠は微笑む。

「ああ。残りはハヤセミだけだ」


―――――ようやく、此処まで来た。


翠と高官達が約束を交わした『三年』と言う猶予は、もう目と鼻の先に迫っていた。


翠はこの三年間、近隣諸国に何度も足を運び、じっくり話し合いを重ねながら、順調に和平の盟約を締結してきた。

今回、翠が赴いた北の国との交渉が成功すれば、これで全ての近隣諸国と和平交渉を結んだ事になる。


ハヤセミの国以外とは、だが。

翠は何度か和平交渉に関する書簡をハヤセミに送ったそうだが、ことごとく跳ねのけられているらしい。

とは言え、北の国との交渉が完了すれば、それはハヤセミにとって大きな重圧と成り得る。

そうなればハヤセミが交渉に応じる可能性が高いと翠は睨んでいた。


全てが終われば、翠は間違いなく神官としての続投を高官達に認められるだろう。

今のところ、ほぼ理想的な形で全てが動いていた。




ただ、カヤには気がかりな事があった。

「ミナトも律も、無事かな……」

二年半前、集落を去って行った二人は、あれ以来一度も姿を見せていない。

二人が捕まって処刑された、と言う話は全く聴いてはいないが、それでもカヤは心配で堪らなかった。


「あの二人なら大丈夫だよ。簡単に捕まるような腕でも無い。どこかで元気にやってるに決まってる」

翠が慰めるようにカヤの頭を撫でた。

「……うん、そうだよね」

頷きながらも、何となく気落ちしたままのカヤに気が付いたのか、翠が身体を寄せた。

カヤも黙って身体を触れ合わせていると、不意に翠が口を開いた。

「なあ、カヤ」

「ん?」

「今の問題が全部片付いたら、屋敷に戻って来ないか?この集落の者達も一緒に」

カヤは、思わず翠から離れて彼の顔をまじまじと見つめた。

「本当に……?」

「ああ。そうしたらずっと一緒に居れる。カヤに寂しい思いも不安な思いもさせない」

慈しむように髪を撫でられる。

沈んでいた心が、翠の言葉によってあっという間に浮かび上がった。

「うん!戻る!」

カヤは、ぶんぶんと勢い良く頷いた。

それは願ってもいない申し出だった。

翠は忙しい合間を縫って会いに来てくれるけれど、やはり集落に滞在出来る日数は短い。

集落を後にする彼の背中を見送るのは毎回苦しかったし、それにカヤは、蒼月にもっと父親である翠に会わせてあげたかった。

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