【完】絶えうるなら、琥珀の隙間
「やったあ!嬉しいなあ、楽しみだなあ」

顔中を綻ばせるカヤだったが、しかし対照的に翠はふと視線を下げた。

「それから、少し気が早い話かもしれないんだけど……」

カヤは、ゆっくりと笑いを取り去った。
唐突に翠の声の調子が変わったのだ。

「どうしたの……?」

「実は、これから蒼月に色々と教えていきたいと思ってる」

翠の眼はカヤを見ない。

そこはかとなく感じた嫌な予感に、カヤの心臓が変な音を立て始めた。

「……何の事?」

問えば、翠はようやく顔を上げた。

「俺は蒼月を次の神官にと考えている」

予想外の言葉に、不意を突かれた。

しかし翠は、そんなカヤを置いてけぼりにして話しを続ける。

「勿論、占いをさせるつもりは全く無い。ただお告げはしなくても、祈祷は覚えておく必要があるんだ。それに国を治めるなら、儒学だって……」

「いやいや、ちょっと待って!」

カヤは頭を押さえながら、翠を制した。
酷く混乱していた。

「蒼月の事は、一体何て説明するの?」

翠は蒼月の存在を、この集落の人間以外には一切告げていなかった。

誰しもが、子供はおろか、翠は女性だと信じて疑ってもいないのだ。

「高官達には、ありのままの事実を伝える」

「私と翠の子供だって……?」

「そうだ」

「でもそんな事したら……」

翠が男だと露見してしまうでは無いか。
一体翠は何を言っているのだろうか。

当惑してしまったカヤだったが、翠は不思議なほど釈然とした面持ちだ。

「無論、俺が男だと言う事も告げるつもりだ。だからこそ今の課題を全部綺麗に解決させる必要がある。神官は男でも女でも、ましてや力が無くとも関係ないって事を立証するんだ。そうすれば蒼月が神官になる道も拓ける」

熱の入った答弁だったが、生憎カヤの心には響かなかった。


「……出来るわけが無い……」

吐き捨てた声は、震えていた。
気が付けば、翠の肩を強く掴んで揺さぶっていた。

「ねえ、ちゃんと考えてよっ……蒼月は普通の見た目じゃないんだよ……!?」

「一生隠れて迫害されながら生きていくよりも、確固たる地位を手に入れた方が安全だ。蒼月もその方が生きやすい」

「じゃあ逆に、私みたいに変に祭り上げられたらどうするの?この子には私みたいな思いはさせたくない!」

「勿論、そうならないように最大限の努力はする」

それ以上言葉が出てこなかった。

なぜなら、カヤを見据える翠の眼は真剣そのものだったからだ。


――――――翠は、本気で蒼月を神官にする気のようだった。



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