【完】絶えうるなら、琥珀の隙間
「絶対に駄目」

無意識に口を突いて出てきたのは、確固とした否定だった。

「カヤ……」

「翠は何も分かってない!」

カヤは激しい憤りを感じていた。

目の前の翠が何を考えているとのか、心の底からさっぱり分からなかった。

あの子が神官の座に就けるわけが無いのに、どうしてそんな簡単な事が、翠は理解出来ないのだろう?


「翠は良いよ、普通の髪だから!」

―――――この人は見た目が理由で辛い経験をした事が無いから、そんな事が言えるのだ。


「蔑まれるような事も言われないし、怖がるような眼でも見られないし、髪が理由で死にたいって思った事も無いんでしょう!?だからそんな事が言えるんだよ!」

「じゃあ、どうしろっていうんだ!」

カヤに負けないくらいの大声で、翠が怒鳴った。

「いつかは世継ぎが必要だ!言っただろう、俺はカヤ以外を娶るつもりは無いって!」

「っだったら……!」

「だったら何だ!?」

言い返そうとしたカヤの言葉を、翠が勢い良く遮る。

「もう一人子を成すか?その子が金の髪だったら?また一人成すのか?その子も金の髪だったどうする!?何人も何人も子を成せるわけじゃない!出産だって命がけだろう!下手すれば今度こそカヤが死ぬ!」

捲し立てるように言った後、ハッ、と息を吐いた翠は、額を押さえながら、ゆるゆると俯いた。

「……あの時みたいな思いは二度とごめんだ……どれだけ気が狂いそうだったか分かってるのかっ……」

絞り出すような声を耳にした瞬間、カヤは何も言えなくなってしまった。



長時間陣痛が続いた末の難産だったが、実を言うと蒼月だけではなく、カヤもまた、あの時命の危機に晒されていた。

どうにか蒼月を産み落としたは良いものの、お産後の出血が止まらず、大量出血と疲労が重なったせいで気を失ってしまったのだ。

後から聞いた話しによれば、カヤが眼を覚まさなかった三日間、翠は一睡もせずに傍らに居たそうだ。

カヤが懇々と眠っていた間、翠がどれだけの焦燥感に駆られていたのか想像は出来ない。

ただ、意識を取り戻した時に見た翠の表情を、カヤは今でも忘れられなかった。





「……あうー……」

不意に聞こえた声に、カヤはハッとした。

熟睡していたはずの蒼月が、眼を擦りながら不機嫌そうに愚図っていた。


「あ……ごめんね、起きちゃったね……」

その身体を抱き上げたカヤは、優しく蒼月を揺さぶる。

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