【完】絶えうるなら、琥珀の隙間
顰められていた眉も少しずつ穏やかに下がって良き、やがて寝息を立て始めた蒼月に、ホッと息を吐く。

しかしカヤは、再び蒼月を降ろそうとしなかった。


「……ねえ。もしも世継ぎが必要だって言うなら、私は何人でも子を成すよ」

腕の中の我が子を見下ろしながら、カヤは言った。

「もしも蒼月と同じように金の髪の子が産まれて来たって、私は全く変わらずに愛するし、自分の命よりも大切にする。でも翠がそれを嫌だって言うなら――――」

ゆっくりと顔を上げる。
黙ってこちらを見つめていた翠と眼が合った。


「どうか他の方と子を成して下さい。幸い私は、まだ貴方の正式な妻では無いので」


ピシリ、と空気が凍り付く音が聞こえた。


「……本気で……言ってるのか……?」

信じられない、とでも言うような顔で翠が言った。

「次の神官を産んだ者が俺の正妻になるんだぞ!?」

「分かってる」

飛んできた正論を、冷静に肯定する。


目の前に居る翠が―――――大好きなはずの翠が、もう敵にしか見えなかった。

大切な蒼月を危険に晒そうとする、ただの敵にしか。



「なあ、何度言えば分かるんだ?俺はカヤ以外の者と子を成すつもりはないって言ってるだろう!」

翠の苛立ちは眼に見えて募っていくが、反してカヤの感情は冷めきっていく。

「それは翠の意志でしょう。貴方個人の意志よりも、国の未来を優先すべきではないのですか、翠様」

冷ややかに言った瞬間、翠が大きく息を呑んだ。



「……ああ、良く分かった」

やがて驚愕に見開かれた眼から、スッと色が失せる。

厳しく細められた眼に見据えられるが、カヤはその視線を逸らす事なく、真正面から受け止めた。


「それがカヤの選択って事だな」

静かに静かに、翠がそう口にした。

「そうだよ」

挑むように頷けば「そうか」と言う簡素な答え。



翠は音も立てずに立ち上がると、カヤの方を一切見る事なく部屋の戸を開けた。

「―――――"どうあっても、私は翠を信じる"、か」

出て行く間際、冷淡な背中が嘲笑った。


「守れない言葉なら、簡単に吐かない方が良い」


パタン、と。
それはもう恐ろしいほど呆気ない音を立て、戸は閉められた。



残された部屋の中、ピクリとも動けないカヤを、蒼月が不思議そうに見上げていた。
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