【完】絶えうるなら、琥珀の隙間
その声は夜闇に響き渡ったかと思うと、まるでそれに呼応するかのように、色々な方向からバタバタと足音が近づいてくるのが聞こえた。
もう一体どうすれば良いのか皆目見当も付かなかった。
逃げられない、と本能的に悟り、恐怖で立ち尽くすしかないカヤの腕を、弥依彦が思い切り引っ張った。
「退けえぇぇえぇえ!」
雄叫びを上げながら剣を振り回し、弥依彦は無謀にも目の前の男達に突進していく。
「うわ!何だコイツ!」
渾身の叫び声と、ある意味予想も付かないような我武者羅な動きをする刃に、思わず、と言ったように男達が後ずさる。
弥依彦はカヤの腕を引きながら、僅かに出来たその隙間から包囲網を突破した。
「走れ!とにかく走れ!」
襲い来る枝や葉っぱに何度もぶつかりながら、二人は息付く間も無く走った。
「追えー!逃がすな!」
「周り込め!早く!」
後ろから追いかけてくる声に背中を押されるようにして、必死に足を動かす。
もう何処をどう走っているのか、全く分からなかった。
集落から離れているのか、近づいているのかさえ分からない。
ただただ捕まってはいけない、と訴えかけてくる本能に従い、一寸先も見えない真っ暗な森の中を掛けずり回った。
走りすぎて足が痛くなってきた頃、それまで確かに固い地面を踏んでいた足の裏が、突如スカッと空振りした。
「―――――え」
ぐらり、と身体が前につんのめる。
地面に転ぶまでの感覚がやけに長くて、何故だろう、と思った次の瞬間に、自分の身体が空中に投げ出された事を理解した。
「きゃあぁあぁああああ!」
「うわぁああああああ!」
身体に強烈な痛みが走ったと思えば、視界の中で地面、空、地面、空がぐるぐると何度も回る。
止まらない体の回転に成す術も無く、カヤは急な斜面を勢いよく転がり落ちていった。
ドサッ!と言う重たい衝撃が身体中を走り、息が止まりそうになった。
やっと回転は止まったものの、手も足もバラバラに千切れて何処かへ行ってしまったような痛みに、少しも動けない。
「……や、い……ひこ……」
目の前では、同じような弥依彦が倒れている。
カヤは必死にピクリとも動かない弥依彦に手を伸ばした。
霞んでいく視界の中、己の手が弱々しく弥依彦に向かって行く。
だけど、届かなかった。カヤの意識はもう保つ事が難しかった。
――――――何もかもが、遠ざかっていく。
全身を襲う痛みからも、弛緩しきった弥依彦からも、未だにカヤ達を捜し続けている男達の遠い声も。
(翠……蒼月……)
世界中のすべてを掻き集めてでも賄う事のできやしない、愛おしい顔も。それすらも。
コトン、と音を立てて、五感が底無しの深層に落ち切った。
もう一体どうすれば良いのか皆目見当も付かなかった。
逃げられない、と本能的に悟り、恐怖で立ち尽くすしかないカヤの腕を、弥依彦が思い切り引っ張った。
「退けえぇぇえぇえ!」
雄叫びを上げながら剣を振り回し、弥依彦は無謀にも目の前の男達に突進していく。
「うわ!何だコイツ!」
渾身の叫び声と、ある意味予想も付かないような我武者羅な動きをする刃に、思わず、と言ったように男達が後ずさる。
弥依彦はカヤの腕を引きながら、僅かに出来たその隙間から包囲網を突破した。
「走れ!とにかく走れ!」
襲い来る枝や葉っぱに何度もぶつかりながら、二人は息付く間も無く走った。
「追えー!逃がすな!」
「周り込め!早く!」
後ろから追いかけてくる声に背中を押されるようにして、必死に足を動かす。
もう何処をどう走っているのか、全く分からなかった。
集落から離れているのか、近づいているのかさえ分からない。
ただただ捕まってはいけない、と訴えかけてくる本能に従い、一寸先も見えない真っ暗な森の中を掛けずり回った。
走りすぎて足が痛くなってきた頃、それまで確かに固い地面を踏んでいた足の裏が、突如スカッと空振りした。
「―――――え」
ぐらり、と身体が前につんのめる。
地面に転ぶまでの感覚がやけに長くて、何故だろう、と思った次の瞬間に、自分の身体が空中に投げ出された事を理解した。
「きゃあぁあぁああああ!」
「うわぁああああああ!」
身体に強烈な痛みが走ったと思えば、視界の中で地面、空、地面、空がぐるぐると何度も回る。
止まらない体の回転に成す術も無く、カヤは急な斜面を勢いよく転がり落ちていった。
ドサッ!と言う重たい衝撃が身体中を走り、息が止まりそうになった。
やっと回転は止まったものの、手も足もバラバラに千切れて何処かへ行ってしまったような痛みに、少しも動けない。
「……や、い……ひこ……」
目の前では、同じような弥依彦が倒れている。
カヤは必死にピクリとも動かない弥依彦に手を伸ばした。
霞んでいく視界の中、己の手が弱々しく弥依彦に向かって行く。
だけど、届かなかった。カヤの意識はもう保つ事が難しかった。
――――――何もかもが、遠ざかっていく。
全身を襲う痛みからも、弛緩しきった弥依彦からも、未だにカヤ達を捜し続けている男達の遠い声も。
(翠……蒼月……)
世界中のすべてを掻き集めてでも賄う事のできやしない、愛おしい顔も。それすらも。
コトン、と音を立てて、五感が底無しの深層に落ち切った。