【完】絶えうるなら、琥珀の隙間
「たださ、俺が男だって露見する危険性も高まるから躊躇してたんだけど……その点、カヤなら安心だ。もう知ってるし」

にこやかにそう説明されるが、カヤは慌てて首を横に振った。

「む、無理!無理だよ!何考えてるの!?」

「なんでだよ?大丈夫だって」

一体何を根拠にそんな事を。
平然と言ってのけるコウから身をのけ反らせ、カヤは必死にまくし立てた。

「無理!だ、第一なんでコウは女の人の振りしてるの?良く分からないけど、実は男でしたーって言っちゃ駄目なの?そうしたら別に私じゃなくたって……」

コウが苦笑いを見せたので、カヤは言葉を止めた。
自分の言っている事が、あまりにも安易すぎたのだろうか。

「まあ、そう簡単な話じゃないんだよな。この国は代々女性の神官が治めてきたんだよ。男が王に就くと国が荒れるとかなんとかで」

「何それ……そんなわけ……」

「無いと思っているよ。少なくとも俺は」

思わず突っ込みを入れたカヤの言葉を、コウが途中で受け取った。

「でも、長い歴史の中で男の王が国を治めた時代、実際にこの国は荒れに荒れた。天災、飢饉、他国との争いでの大敗……しかも一度だけじゃない。何度もだ」

コウの口調は、誇張しているわけでも、嘘を付いているような雰囲気でも無かった。

(本当にそんな事があり得るの……?)

しかし、どの国にも古くからの『俗習』と言うものがあり得る事を、カヤは知っていた。

歴史が深ければ深い程、それは絶対的な力を持ち、人々の心に根を張らす。
その支配力は、大きい。

「じゃあなどうして男のコウがわざわざ神官様をしてるの……?誰か他の女の人にして貰えば良いのに」

単純な疑問をぶつけたカヤに、コウは口を開いた。

「俺の母上……つまり先代の神官は、女児に恵まれなかったんだ」

ぽつりと、そんな言葉を落とす。

「本来なら、女児が産まれるまで子を成すべきなんだろうけど、タケルが産まれた後に流行病で亡くなってな。父上も同時期に亡くなった」

まるで物語を朗読するように語られ、カヤは何と口にすれば良いか分からなかった。

「神官は血筋で決まるんだけど、生憎俺の血筋の者は俺達以外誰も居なかったんだよ。何の因果か薄命な血でな。だから俺がこうして神官をしてるってわけだ」

「分かったか?」と言われ、カヤは半ば呆けながら頷いた。

(……という事は、コウは今までずっと女として生きてきたって事?)

一度、あの森の開けた土地で2人で夜空を仰いだ時、コウが『一生ここに居たい』とぼやいていた事を思い出した。

カヤと同じくらい軽い気持ちでそう言っているのだと思っていたけれど、割とあれは本音だったのかもしれない。

なんとなくそう感じていると「ちなみにさ、」と声を掛けられた。

「なに?」

「俺が男だって知ってるのは俺とタケルだけだ」

「……え?」

何てこと無いように言われ、一瞬眼が点になる。
そしてカヤが事の重大さに気づいた時、コウは面白そうに笑っていた。

「めでたくお前も仲間入りしたから死んでも他言するなよ。この国一番の禁秘だからな」

腹立つ事に、今日一番の笑顔だ。

「はい!?」

「あ、くれぐれもタケルに知られないようにしろよ。あいつに知られれば、口封じに始末されるかも……」

「だ、だったらそんな事、私なんかに話さないでよ!」

慌ててコウに詰め寄るが、彼は呑気に笑ったまま肩をすくめる。

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