【完】絶えうるなら、琥珀の隙間
「いやー、それにしても、まさかあの場でカヤが俺の正体気づくとはな。剣で分かったのか?」

「う、うん。そうだけど……って、人の話聞いてる!?」

「聞いてはいる。で、どうだ?なってくれるか?」

「だから無理だってば……」

またもや戻ってきたその話題に、カヤは呆れながら首を横に振る。
するとコウは「残念だな……」と、わざとらしく溜息をついた。

「屋敷勤めすれば、敷地内の家に住めるんだけどな……勿論、飯も付くし給金だって貰えるし」

なんだと。

魅力的なその言葉に、カヤは思わず口を閉じた。
それを目ざとく感じたらしいコウが、ニッコリ笑う。

「悪い話じゃないだろ?」

なんとも黒い笑顔だ。

確かにカヤに取ったら、願っても居ない話ではある。
しかしやはりコウの世話役と言うのは、自分には荷が重すぎる。

そう感じたカヤの頭に、とある名案が浮かんだ。

「あのー……台所で働かせていただくのは駄目?」

「駄目」

ばっさりと切り捨てられた。
ですよね。

どうやら自分には、コウのお世話役になるか、ならないかの二択しか無いようだ。

「……と言うかそもそも、私なんかが翠様の世話役になって大丈夫なの?」

カヤは、心にあった至極当然な質問をした。

「と言うと?」

「いやほら、私こんな髪だから……コウの評判が落ちちゃうと思うんだけど……」

割とそれが一番の気がかりだった。

奇異の眼で見られているカヤを傍に置けば、民がどんな反応をするか。
考えるまでも無く想像できてしまう。

しかし、カヤの心配をよそに、コウは笑う。

「ああ、気にすんな。身よりの無い不憫な少女を世話役に置いてあげた優しい翠様……って言う評判が広がれば俺の株も上がるだろ?」

なんて、ちゃっかりした人なのだ。
呆れつつも感心していると、「ま、というのは冗談で」とコウが小さく笑った。

「この国の民じゃないからこそ、この国の当たり前を可笑しいと思えたカヤだからこそ、頼みたいんだ」

白い指が伸びてきて、カヤの髪にそっと触れる。
おのずと近づくその距離の中、コウと眼が合った。

コウにはそんなつもり無いだろうに、まるで蜘蛛の糸に掴まる虫のように、絡めとられ動けなくなる。

(ぞっとするほど、綺麗な眼)

芯が通った中に危うさがあって、それがまた妙に心を揺さぶる。

どうして自分はこの眼を見ておいて、コウと翠様が同一人物だと気が付かなったのだろう。



「"良い事も悪い事もぶつけてくるような人間"は、多分この先ずっと現れない。カヤを除いてな」

流れるように、コウが言った。
それは、紛れも無くカヤがコウに向かって言った言葉だった。

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