【完】絶えうるなら、琥珀の隙間
雨が天幕を強く打ち付ける音を聞きながら、カヤは膝に顔を埋め、じっとしていた。
(雨……止まない……)
永遠に止まないのではないか、と、そんな風にさえ思えてしまうほどに雨は相変わらず降り続いていた。
「かかー」
突如くんっ、と衣を引っ張られ、カヤはのろのろと顔を上げた。
そんな何気ない動作でさえ、ガンガンと痛む頭には酷く辛い。
しかしそれを我が子に悟られぬよう、カヤは麻痺したように感覚の無い口角を、どうにか吊り上げた。
「……なあに、蒼月?」
「とと、どこ?」
無邪気な質問だった。
何てことの無いはずの蒼月の言葉が、涙を流しすぎてカラカラに乾いてしまっている心に突き刺さり、ひび割れが増す。
「ととは……今居ないの」
「なんでー?」
「なんでだろうね……かか、分かんないや……ごめんね……」
なんで、なんで、と繰り返すと我が子をギュっと抱き締める。
(駄目だ、わたし)
蒼月をなだめる目的だったはずのに、カヤの方が蒼月の身体に縋りつくような形になってしまった。
――――――洞窟が襲撃を受けてから、半日が経とうとしていた。
カヤはタケルと合流し、国境近くに配備されている本陣の近くにまで来て居た。
本来ならば今日の夜明けの時点で、翠はハヤセミを討つつもりだったが、総統となる彼は居ない。
そのため攻撃は急遽中止となり、兵達は待機状態となっていた。
一体どうやって此処まで来たのか、カヤはあまり良く覚えていなかった。
ただ、崖の前で呆然と座り込んでいた所、タケルに声を掛けられた事はぼんやりと覚えているため、恐らく彼に連れられて来たのだろう。
タケルは誰から聞いたのか、様子を見に洞窟を訪れ、崖の前でへたり込んでいるカヤを見つけた時点で、翠と律が崖から飛び降りた事を知っており、既に兵に捜索を命じていたそうだ。
かくして現在、恐らくはかなりの数の兵が二人の捜索にあたっているが、その甲斐も虚しく、カヤはまだ二人が見つかったと言う報せは一切聞いていなかった。
「カヤちゃん……」
蒼月を抱き締めながら項垂れ切っていたカヤの前に、誰かがしゃがみ込んだ。
「大丈夫なのです。翠様も律さんも、きっと生きておられますよ」
カヤの肩に触れながら、ナツナが言った。
カヤがこのような状態だからか、タケルはナツナ達を呼び寄せてくれたようだった。
翠と律の事を聞いたナツナ達は大変に狼狽し、カヤを心配してくれた。
特にナツナはこうして、何度も何度もカヤに声を掛け、元気づけようとしてくれていた。
「……うん、そうだったら良いね……」
けれど口から出てくるのは、弱々しい返答ばかり。
ナツナが悲しそうな表情になったが、今のカヤにはどうしても空元気すら作り出す気力は無かった。
カヤが涙を流していたのは最初のうちだけだった。
身体中の水分を全て排出してしまったのでは、と思うほどに泣いて、泣いて、そして泣き切った後は、もうぞっとするほどの虚無感しか残っていなかった。