【完】絶えうるなら、琥珀の隙間
明日の朝にはハヤセミの攻撃が始まってしまう。
分かっているのに、カヤにはもうどうでも良かった。
このまま負けようが勝とうが、死のうが生きようが、本当に、どうだって。
これから起こる全ての事に、何一つとして意味を感じなかった。
「おい、クンリク」
ふ、と目の前にまたもや影が差した。
今度は弥依彦だ。
手に二つの器を持っている。
「食えよ。お前、今日何も食ってないだろ」
そう言って器を差し出されたが、生憎、食べ物が喉を通るとは思えなかった。
「あ……ありがとう。私は大丈夫だから、蒼月にだけ貰うよ……」
カヤは二つの器のうち一つだけを受け取り、中の汁物を匙で掬いあげた。
「蒼月……お口開けて」
「や!」
けれど機嫌が悪いのか、蒼月はそっぽを向くばかりで食べようとしない。
「ねえ、とと、どこ?どこ?」
それどころか、何度も何度も同じ事を聞いてくる。
もう朝からずっとだ。
普段はこんなに翠の居場所なんて聞いてこないのに、どうして今日に限って。
ただの二歳児の気まぐれだろうし、それにいつものカヤなら、そんな事を気にしたりなんてしない。
でも、今日は―――――
「っいい加減にして……!」
叫んだ瞬間、蒼月の肩がビクッと揺れた。
「ととは居ないの!何処にいるかも分からないの!お願いだから良い子にしててよ……!」
怒鳴ってしまった後、静まり返った場の雰囲気に気が付き、ハッと口を紡ぐ。
しまった、と思う暇も無かった。
みるみるうちに琥珀色の瞳に涙を浮かべた蒼月は、次の瞬間には、わんわんと大声で泣き出してしまった。
「あ……」
あまりにも理不尽な怒り方をしてしまった自分自身に驚いた。
「ご、めん……蒼月……」
呆然としながら謝ろうとした瞬間、肩に激しい痛みが走った。
「お前、子供にあたるなよ!」
弥依彦がカヤの右肩を鷲掴みにしながら、激怒した表情をしていた。
「お前がそんなんだから蒼月は不安がってるんだ!それを受け止めもせずに怒鳴るなんて、最低だぞ!」
ぐうの音も出ないほどに正論だった。
そんな事くらい分かってる。
幼い蒼月は、はっきりと今の状況は理解していなくても、何か普通では無い空気を感じ取り、怖がっているだろう。
――――――でも、カヤだって頭が狂いそうなほど怖いのだ。
「……っだって……」
込み上げてきた涙と共に、言葉を吐く。
カヤから何か言い訳染みた雰囲気を感じ取ったのか、弥依彦が更に語気を荒げた。
「だっても糞もあるか!しゃんとしろよ!」
「や、弥依彦様!お止め下さいなのです!」
と、オロオロと二人を見ていたナツナが、遂に止めに入った。