【完】絶えうるなら、琥珀の隙間
「仕方ないのです!カヤちゃんも、いっぱい不安なのです!どうか怒らないで下さい!」

弥依彦を後ろから羽交い絞めにしながら、必死に訴えるナツナ。

「怒らずに居られるか!」

弥依彦が叫んだ。

「戦が始まるってのに、翠が居なくなったんだぞ!?このままじゃこの国は負ける!もう何処にも勝てる見込みなんて無いんだよ!」

「そんな事ないのです!」

「そんな事あるんだよ!このままじゃ僕たちの命だって危ないんだぞ!お先真っ暗にも程があるだろ!」

弥依彦の大声に呼応するようにして、蒼月の泣き声が大きくなる。

その場の雰囲気が混沌としきった時、不意に天幕が捲られ、大きなびしょ濡れの影が飛び込んできた。

「カヤ!」

勢いよく入ってきたタケルは、目の前の光景を見た瞬間に、ピタリと止まった。

泣き喚く蒼月を力無く抱くカヤ、今にもカヤに飛びかからん勢いの弥依彦、そしてそんな弥依彦を羽交い絞めにしているナツナ―――――

「な、何があったのだ?大丈夫か?」

「大丈夫なのです」

すぐさまナツナが答えた。

タケルの登場を機に頭が冷えたらしい弥依彦は、カヤに飛びかかろうとするのを止め、それに伴いナツナも弥依彦から離れた。

蒼月は未だに泣き止まないものの、今のカヤは気にする余裕が無かった。

「何かあったのですかっ?まさか翠が見つかって――――?」

無いとは思いつつも、期待を込めて尋ねる。
けれどタケルは、案の定首を横に振った。

「いや、そうでは無いのだが……」

その暗い表情を見て、ほんの少しだけ浮き上がった心が、またズシンと落ちる。

「そうですか……」と力無く俯くと、そんなカヤにタケルが何かを差し出した。

「ただ、これがこれが下流の方で見つかったそうだ」

「これは……」

震える指でそれを受け取る。


――――それは、カヤが洞窟で律に渡した短剣だった。


あの濁流に流され、幾度となく岩にぶつかったのだろう。

見事な細工は所々が欠け、数えきれないほど小さな傷が付いている。

けれど、鞘の薄緑石はしっかりと形を保ったまま、以前と変わらずちゃんとそこで綺麗に輝いていた。


律が唯一の武器であるこの短剣を、簡単に手放すとは思えない。

それに何といっても、これは二人のお母様からの贈り物なのだ。
律ならきっと何があっても守り抜くだろう。

しかし実際、短剣は彼女の手を離れ、ここにある。

と言う事は、もう守れないような状況になったとしか―――――



「今、ヤガミ達がこの短剣が見つかった付近の捜索をしている。諦めてはならぬぞ」

言葉も無く短剣を見下ろしているカヤに、タケルが言った。

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