【完】絶えうるなら、琥珀の隙間
「それからな、私はもう一度だけハヤセミと最期の交渉をしてくる。翠様はあちらの兵が氾濫に巻き込まれる事を危惧しておられた。私は、どうにかその御意志を叶えたいと思っている」
ぼんやりとした頭の中に、タケルの言葉がやけにスルリと入り込んできた。
(……翠の、意志……)
彼はいつだって『それ』を大事にしていた。
来る日も来る日も強く思い続け、大きな困難にぶつかって立ち止まりそうになっても、それでも絶対に諦めなかった。
―――――けれど。
「……もう、翠は居ないのに……それに何か意味があるのですか……?」
あの人も、あの人の意志も、手の届かないどこか遠い所へ行ってしまった。
あの人が切り拓こうとしていた道は消え、そして彼に着いていこうと決意したカヤの道も、残酷なほど綺麗に絶たれてしまったのだ。
翠が歩かない道なら、何の意味も無い。
そんなもの要らない。歩いても、虚しいだけだなのに。
「……そなたがそのような事を言うとはな」
降ってきたタケルの声があまりにも低く、背筋がぞっとした。
気のせいかと思い、そろそろと顔を上げる。
「っ、」
気のせいでは無かった。
タケルは酷く厳しい目つきでカヤを見降ろしていた。
「辛いのは分かるぞ、カヤ。しかし、そなたなら一番にあの方の御意志を大切にすると思っていたよ……非常に残念だ」
冷ややかに付け足された言葉に、一切の声を失う。
よもやタケルにそのような事を言われるとは、露ほども思っていなかったのだ。
「タ、ケル……様……」
深い夜の色をした双眸が、静かな怒りを纏ってカヤを見据える。
翠と同じ色の瞳―――――まるで、翠にそんな風に見られているようで、得も言えぬ絶望感が胸に広がった。
「ナツナ、弥依彦殿。今のカヤに構う必要は無い。一人にした方が良いだろう」
立ち尽くすカヤを尻目に、タケルは二人にそう声を掛け、静かに天幕を出ていた。
弥依彦とナツナは気遣わし気にカヤを見たが、やがてタケルに続き、無言で天幕を後にした。
しん、と静まり返る冷たい天幕の中、カヤはガクンとその場に崩れ落ちた。
「……っ、翠……」
ぱた、ぱた―――――地面に舞った涙が、虚しく模様を描く。
「う、あ……翠っ、翠……!」
溢れ出る嗚咽が、どうしても止まらなかった。
「っだって、」
だって、分からないのだ。
進めべき方向も、目指すべき場所も、何一つだって分からないのだ。
翠の居ない世界で、ずっと呼吸していく方法だってあやふやなのに、どうやって歩いていけと言うのだ。
ぼんやりとした頭の中に、タケルの言葉がやけにスルリと入り込んできた。
(……翠の、意志……)
彼はいつだって『それ』を大事にしていた。
来る日も来る日も強く思い続け、大きな困難にぶつかって立ち止まりそうになっても、それでも絶対に諦めなかった。
―――――けれど。
「……もう、翠は居ないのに……それに何か意味があるのですか……?」
あの人も、あの人の意志も、手の届かないどこか遠い所へ行ってしまった。
あの人が切り拓こうとしていた道は消え、そして彼に着いていこうと決意したカヤの道も、残酷なほど綺麗に絶たれてしまったのだ。
翠が歩かない道なら、何の意味も無い。
そんなもの要らない。歩いても、虚しいだけだなのに。
「……そなたがそのような事を言うとはな」
降ってきたタケルの声があまりにも低く、背筋がぞっとした。
気のせいかと思い、そろそろと顔を上げる。
「っ、」
気のせいでは無かった。
タケルは酷く厳しい目つきでカヤを見降ろしていた。
「辛いのは分かるぞ、カヤ。しかし、そなたなら一番にあの方の御意志を大切にすると思っていたよ……非常に残念だ」
冷ややかに付け足された言葉に、一切の声を失う。
よもやタケルにそのような事を言われるとは、露ほども思っていなかったのだ。
「タ、ケル……様……」
深い夜の色をした双眸が、静かな怒りを纏ってカヤを見据える。
翠と同じ色の瞳―――――まるで、翠にそんな風に見られているようで、得も言えぬ絶望感が胸に広がった。
「ナツナ、弥依彦殿。今のカヤに構う必要は無い。一人にした方が良いだろう」
立ち尽くすカヤを尻目に、タケルは二人にそう声を掛け、静かに天幕を出ていた。
弥依彦とナツナは気遣わし気にカヤを見たが、やがてタケルに続き、無言で天幕を後にした。
しん、と静まり返る冷たい天幕の中、カヤはガクンとその場に崩れ落ちた。
「……っ、翠……」
ぱた、ぱた―――――地面に舞った涙が、虚しく模様を描く。
「う、あ……翠っ、翠……!」
溢れ出る嗚咽が、どうしても止まらなかった。
「っだって、」
だって、分からないのだ。
進めべき方向も、目指すべき場所も、何一つだって分からないのだ。
翠の居ない世界で、ずっと呼吸していく方法だってあやふやなのに、どうやって歩いていけと言うのだ。