【完】絶えうるなら、琥珀の隙間
「わ……」
カヤ達は眼下の景色を一望できる場所に居た。
相変わらずカヤ達は雨に降られているし、空は厚い曇天で覆われているのだが、遥か向こうの雨雲だけ、不思議なほどぽっかりと口を開けていた。
その隙間から降り注ぐ太陽の光は輝く幾つもの筋となり、淀んだ地上を照らすように降り注いでる。
田畑に実った稲穂は雨粒を含み、光の反射を受けてキラキラと黄金色に輝いていた。
「……綺麗……」
まるで奇跡のような美しさに、無意識にそんな言葉を口にしていた。
『―――――本当だな』
ふわり、と羽のような声が聴こえた。
鼓膜が甘く震え、歓喜する。
カヤは言葉も無くゆっくりと横を見やった。
「……翠」
彼もまた、カヤと同じ景色を見つめていた。
しなやかな背中も、凛とした横顔も、確かに翠そのものだった。
幻想なのか、はたまた夢でも見ているのか。
分からないけれど、翠から眼を逸らせなかった。
少しでも余所見をしてしまえば、呆気なく居なくなってしまうのでは、と思えて。
『―――――この国は、綺麗だ』
霞の掛かったその声が、優しく輪郭のままに響く。
うん、綺麗だね、と。
そう返したつもりだったけれど、きっと音にはなっていなかった。
息が苦しくなる。
自分の中に溢れる慈愛が大きすぎて、泣いてしまいそうだった。
(ああ、私、すきなんだ)
甘く軋む胸が、はっきりと教えてくれる。
薄く微笑む唇も、蒼月とそっくりな形の耳も、雨粒が滴る睫毛の一本一本すらも、全部、全部。
カヤが翠を見つめている間にも、雨雲に空いた穴は徐々に狭まっていき、それに伴って光の筋も細く、頼りなくなっていく。
束の間の太陽の光はゆっくりと薄まっていき、それに釣られるようにして、翠の幻想も溶けるように消えてしまった。
ほんの一瞬の出来事だった。
けれど手も足も頭も、じぃんと麻痺していて、カヤはしばらく動けなかった。
それはまるで、誰かが力を振り絞って、地上を覆い隠していた雨雲をこじ開けてくれたようだった。
「かか。あっち、いこ?」
不意に蒼月が声を上げた。
「……あっち?」
「あっち」
蒼月は、まっすぐに太陽の沈む方角を指していた。
そちらは、ハヤセミの国の方向だ。
「あのねえ、あっちいくの。かかと、そうげつと、いっしょに」
舌足らずの、拙い言葉。
けれど蒼月は、一生懸命にカヤに何かを訴えていた。
「え?あっちに行きたいの……?」
戸惑いながらも尋ねれば、透き通った稲穂色の瞳が、じっとカヤを見上げる。
「いかなくちゃ、だめなの」
―――――それはまるで、いつだって迷いの無かった翠の言葉のように。
カヤ達は眼下の景色を一望できる場所に居た。
相変わらずカヤ達は雨に降られているし、空は厚い曇天で覆われているのだが、遥か向こうの雨雲だけ、不思議なほどぽっかりと口を開けていた。
その隙間から降り注ぐ太陽の光は輝く幾つもの筋となり、淀んだ地上を照らすように降り注いでる。
田畑に実った稲穂は雨粒を含み、光の反射を受けてキラキラと黄金色に輝いていた。
「……綺麗……」
まるで奇跡のような美しさに、無意識にそんな言葉を口にしていた。
『―――――本当だな』
ふわり、と羽のような声が聴こえた。
鼓膜が甘く震え、歓喜する。
カヤは言葉も無くゆっくりと横を見やった。
「……翠」
彼もまた、カヤと同じ景色を見つめていた。
しなやかな背中も、凛とした横顔も、確かに翠そのものだった。
幻想なのか、はたまた夢でも見ているのか。
分からないけれど、翠から眼を逸らせなかった。
少しでも余所見をしてしまえば、呆気なく居なくなってしまうのでは、と思えて。
『―――――この国は、綺麗だ』
霞の掛かったその声が、優しく輪郭のままに響く。
うん、綺麗だね、と。
そう返したつもりだったけれど、きっと音にはなっていなかった。
息が苦しくなる。
自分の中に溢れる慈愛が大きすぎて、泣いてしまいそうだった。
(ああ、私、すきなんだ)
甘く軋む胸が、はっきりと教えてくれる。
薄く微笑む唇も、蒼月とそっくりな形の耳も、雨粒が滴る睫毛の一本一本すらも、全部、全部。
カヤが翠を見つめている間にも、雨雲に空いた穴は徐々に狭まっていき、それに伴って光の筋も細く、頼りなくなっていく。
束の間の太陽の光はゆっくりと薄まっていき、それに釣られるようにして、翠の幻想も溶けるように消えてしまった。
ほんの一瞬の出来事だった。
けれど手も足も頭も、じぃんと麻痺していて、カヤはしばらく動けなかった。
それはまるで、誰かが力を振り絞って、地上を覆い隠していた雨雲をこじ開けてくれたようだった。
「かか。あっち、いこ?」
不意に蒼月が声を上げた。
「……あっち?」
「あっち」
蒼月は、まっすぐに太陽の沈む方角を指していた。
そちらは、ハヤセミの国の方向だ。
「あのねえ、あっちいくの。かかと、そうげつと、いっしょに」
舌足らずの、拙い言葉。
けれど蒼月は、一生懸命にカヤに何かを訴えていた。
「え?あっちに行きたいの……?」
戸惑いながらも尋ねれば、透き通った稲穂色の瞳が、じっとカヤを見上げる。
「いかなくちゃ、だめなの」
―――――それはまるで、いつだって迷いの無かった翠の言葉のように。