【完】絶えうるなら、琥珀の隙間
「沈みかかっている泥船より、安全なこちらの船に乗り換える、という事ですか。いやはや、貴方にしては良く考えましたね」

散々に一しきり笑った後、ハヤセミが口角を吊り上げながら言った。

「まあ良いでしょう。お望み通り、貴方を私の第一側近にして差し上げます。それではこちらへ」

ハヤセミは、自らが座る玉座の隣に来るよう、弥依彦を促した。




「弥依彦……」

信じられない気持ちで、その名を呼ぶ。


確かに弥依彦は、蒼月が「いっしょにいく」と我儘を言わなければ、此処まで来てはくれなかったのかもしれない。

けれど最期には、ちゃんと自分の意志で「行く」と言ってくれたのに。

あれは弥依彦の優しさでは無く、翠が居なくなって弱体化したあの国から逃げ、またこの国で確固たる地位を手に入れるためだけだったのか。


この数年間で、ものすごく仲良くなったとは言えないが、それでもカヤなりに弥依彦とは上手くやってきたつもりだった。

現に、集落が襲われ蒼月と離れ離れになってしまった時、弱音を吐くカヤを叱咤し、奮い立たせてくれたのは弥依彦だ。

皆で助け合いながら、共に集落で生活をする中で、弥依彦が以前の弥依彦とは変わってきたと思っていたのに――――それは大きな勘違いだったのか?


弥依彦はチラリとカヤと視線を合わせたが、すぐに逸らすと、ハヤセミの元へ足を踏み出した。

「……悪いな」

すれ違いざまそんな事を呟き、弥依彦はカヤの元を離れ、ハヤセミの隣に立った。

「さて、クンリク様。いかがいたしますか?」

立ち尽くすカヤに、ハヤセミが悠然と尋ねた。

その隣の弥依彦は流石に気まずいのか、深く俯きカヤの方を一切見ない。

(本気なんだ……)

その態度に、そう思わざるを得なかった。

先程まで近くに居た数少ない味方が、今は打って変わって敵になっている。

その残酷な事実が、カヤの胸を深く抉った。


「……分かった……すぐに婚姻の儀の準備を初めて……」

気持ちが驚くほどに阻喪し、最早反論する気力さえ失ったカヤは、力無くそう答えるしか無かった。

「ご理解いただけたようで何よりです」

ニッコリと笑ったハヤセミは、すぐに待機していた兵に命じた。

「さあ、クンリク様を例の場所へご案内差し上げるのだ。それから今夜、婚姻の儀を取り交わすと国中に御布令を出せ」

「かしこまりました。クンリク様、こちらでございます」

頭を下げた兵に連れられ、カヤは打ち沈みながら広間を出た。

とぼとぼと歩くカヤに、ハヤセミも弥依彦も声を掛ける事は無かった。





なんとなく予想はしていたが、兵がカヤを連れていったのは、かつてクンリクとして過ごしていた部屋の方向だった。

三年ほど前、ミナトに攫われて脱走するまでに過ごした部屋でもある。

恐らくカヤを婚姻の儀までそこに押し込めておくつもりなのだろう――――そう思ったのだが、予想に反して、兵はカヤの部屋を通り過ぎた。

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