【完】絶えうるなら、琥珀の隙間
「洞窟が襲撃を受けたの……翠も律も、私と蒼月を逃がすために囮になって……」

「それで……?」

「……崖から飛び降りた……」

ミナトは大きく息を呑むと、全身から力が抜けた様に、ふらふらとよろめいてしまった。

「生きてる、のか……二人は……?」

壁に背中を預けなければ身体を支えていられない様子のミナトが、震える声で問う。

カヤはその答えをはっきりと口には出来なかった。

「分からない、けど……多分、もう……」

やっとの思いで憶測を吐露すれば、ミナトは黙り込んだ。

二人の間を絶望的な空気が支配した時、部屋にその人物は現れた。

「――――――親子水入らずの所、失礼します」

音も無く部屋に入り込んできたハヤセミは、青い顔のミナト、そして睨みつけているカヤを眼にし、ふっ、と嘲笑を浮かべた。

「どうです、この部屋はお気に召したか?貴女が婚姻の儀の後に、ミズノエと共に過ごす部屋ですよ」

「婚姻の儀……?何の事ですか、兄上……?」

全く持って意味が分からない、と言った様子でミナトが言う。

「クンリク様は、喜んでお前と婚姻の儀を挙げるそうだ。これでお前達も正式な夫婦だ。良かったでは無いか」

その言葉に、ミナトは何故カヤがこの砦に居るのかを悟ったらしい。

口を噤んで俯いているカヤを睨み付け、「この馬鹿っ……」と呟いたミナトは、ハヤセミに向かって大声で言い放った。

「兄上!どうかこのような事はお止め下さい!俺は、こいつと夫婦にはっ……」

「っミナト!良いの!」

大声で制した瞬間、ミナトがギョッとしたようにカヤを見た。

「だってお前……!」

彼の言いたい事は痛い程に分かった。


"お前は、翠様の妻になるんだろう?"

戸惑ったような表情は、無言でカヤにそう訴えかけてきている。


そう公言出来れば、どれだけ良かっただろう。

(けれど、もう良い)

翠が居なくても、思い出だけでずっと幸せで居れるほどの幸せは貰ったのだ。

十分じゃないか。きっとそれだけで生きていける。


カヤは、大きく息を吸いこむと、ミナトに向かって頭を垂れた。

「ミナト。貴方さえ良ければ、どうか私を貴方の妻にして下さい」

その虚無めいた望みを口にした瞬間、ぞっとするような空しさに襲われた。


――――嗚呼、私はこれからこうして、死ぬまで自分を奮い立たせていくのか。

頭の片隅でぼんやりとそんな事を考えながら、顔を上げる。



目の前にあったミナトの顔は、正に呆然自失状態だった。

その表情を見て、胸がぎゅうっと苦しくなる。

一度はミナトからの想いを断ったにも関わらず、今になってこんなにも身勝手に婚姻を望んでいるのだ。

ミナトにはミナトの人生があるだろうに、あまりにも彼を振り回しすぎてしまった。

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