【完】絶えうるなら、琥珀の隙間
「おい、ハヤセミ!早く蒼月を放すんだ!そ、それから、今すぐに国境の兵を撤退させろ!」
弥依彦の刃が、脅すようにハヤセミの皮膚に、ぐっと押し当てられた。
その言葉を聞いて、突然理解した。
弥依彦はカヤ達を裏切ったわけでは無かったのだ。
――――ハヤセミの味方になったフリをして、虎視眈々とこの機会を狙っていたのだ。
「これはこれは、なんのおつもりですかな。弥依彦様?」
横目で弥依彦を見やりながら、ハヤセミが嘲笑めいて言った。
今にも刃が喉を掻っ切らんとしているにも関わらず、ハヤセミが存外に冷静なので、カヤは敵ながら舌を巻いた。
ハヤセミが見せた反応は、弥依彦が思っていたものとは違うものだったらしい。
その落ち着き払った態度は、逆に弥依彦を焦らせ始めた。
「う、うるさいな!良いから撤退の命令を出すんだ!命が欲しくば早くしろよ!」
弥依彦の手を伝って、カタカタと刃が震えていた。
ハヤセミよりも、弥依彦の方が恐れを成しているのがすぐに分かった。
あくまでこれは脅しであって、本当にハヤセミを斬り殺そうと言う殺気が全く無い事も。
そしてハヤセミもそれを感じ取ったらしい―――――
「私を殺したいのならお好きにどうぞ」
ハヤセミが、ほとんど口を動かす事なく囁いた。
参列者達には聞こえないであろうその声は、近くに居るはずのカヤも、耳をすませないと聞こえない程だ。
「但し、家臣達には私の死後も、私の命令を全うするよう命じておりますので、私が死ねば、撤退の命令を出せる者は居なくなりますが」
その言葉に、弥依彦が眼を見開いた。
手の震えがことさらに大きくなる。
「私を葬った瞬間、貴方の愚かな行いのせいで、貴方がたが要求してきている兵の撤退の道は潰えます。我が国の反逆者となり、そしてクンリク様達や、お亡くなりになられた翠様に恨まれながら生きていきたいのなら、是非にどうぞ」
弥依彦が、衝撃を受けたような表情になった。
聞いていて非常に腸が煮えくり返るような言葉だし、カヤも、そして翠も弥依彦の今の行いを恨むことなどしないだろうが、それでも悔しい事に正論だった。
――――確かに、ハヤセミが死ねば、兵の撤退の命を出せる者が居なくなる。
弥依彦もそれを理解したのか、口を噤んで黙り込んでしまった。
すっかり戦意が消失してしまった様子の弥依彦に、ハヤセミが、ふっと嘲笑を浮かべる。
「皆の衆。驚かせてしまい、すまない」
そして戦々恐々とした様子の参列者達に向かって、口を開いた。
「ご覧の通り、弥依彦様は王としての公務にお疲れになり、頭を病まれてしまったのだ」
一体何を言い出すつもりなのか。
つらつらと語り始めたハヤセミを、弥依彦もカヤも驚愕の表情で見つめるしかない。