【完】絶えうるなら、琥珀の隙間
「数年前、私に王位をお譲りになられた後、療養のため砦を離れていたのだが……どうやらご自分の王位を私に奪われたと言う妄念に憑りつかれているようでな。このような奇行は普段からの事なので、気にする事では無い」
息をするようにハヤセミが嘘を吐くので、あんぐりと口が開いてしまった。
弥依彦も、怒りのせいか驚きのせいか、口をパクパクと開閉させている。
あまりにもハヤセミが平静なので、琴線のように張り詰めていた空気が僅かばかりに緩み、代わりに不信感に塗れた声があちこちから聞こえ始めてきた。
「―――――……弥依彦様は、以前からああだったの……?」
「―――――……確かに、王のお立場にいらっしゃった時も情緒不安定でいらっしゃった……お気に召さない事があると、すぐに兵を罰して……」
「―――――……そう言えば治世を布いていらっしゃった時も、無茶な採掘を進めていらっしゃったわよね……民の事を考えもせずに……」
「―――――……そうだ。それが原因で、身体を壊した民が続出したとか……」
恨みの籠った囁きがあちこちから噴出し、弥依彦が「ひうっ」と潰れた悲鳴を上げた。
「ち、ちがっ……だ、だって、それはハヤセミが、僕にそうしろって言ったから……」
弥依彦は、震える声でそう呟きながら、小刻みに首を横に振る。
しかしながら、その頼りの無い声は誰にも届かない。
「さあ、弥依彦様。大人しくお下がり下さい。どれだけ喚こうが、誰も『貴方なんか』の言葉に耳を傾けなどしませんよ」
とても鋭利なその言葉が、ぐさりと弥依彦に突き刺さったかのように見えた。
弥依彦の瞳が傷付いたように歪むのを見て、カヤは息を呑んだ。
『―――――1度や2度信じられなかったから何だって言うんだ!次こそ信じれば良いだけの話だろ!』
集落が襲われ、蒼月の安否も分からず、すっかり諦めてしまったカヤを、弥依彦はそう叱咤してくれた。
言動が乱暴な時もあるし、素っ気ない所だってあるけれど、それでもあの時カヤを奮い立たせてくれたのは、紛れも無く弥依彦の言葉だった。
正に此処に、救われた人間が居るのだ。
ここで弥依彦が限界まで傷付けば、この先彼は誰かを救おうとしなくなってしまうかもしれない。
(ハヤセミには、そんな資格無い)
弥依彦が自ら見出した優しさを握る潰すような事など、絶対あってはならない―――――
「弥依彦!」
今にも刃を退かそうとしていた弥依彦に向かって、気が付けば大声で叫んだ。
ビクリ、と弥依彦の肩が跳ね、そして絶望しきっていた暗い瞳が、カヤを虚ろに見据える。
顔を下げないで欲しかった。
口を噤まないで欲しかった
そして、どうか分かって欲しかった。
「――――貴方の言葉には、ちゃんと意味があるっ……!」
こんな所で、その意志を途切れさせてはいけないのだという事を。
息をするようにハヤセミが嘘を吐くので、あんぐりと口が開いてしまった。
弥依彦も、怒りのせいか驚きのせいか、口をパクパクと開閉させている。
あまりにもハヤセミが平静なので、琴線のように張り詰めていた空気が僅かばかりに緩み、代わりに不信感に塗れた声があちこちから聞こえ始めてきた。
「―――――……弥依彦様は、以前からああだったの……?」
「―――――……確かに、王のお立場にいらっしゃった時も情緒不安定でいらっしゃった……お気に召さない事があると、すぐに兵を罰して……」
「―――――……そう言えば治世を布いていらっしゃった時も、無茶な採掘を進めていらっしゃったわよね……民の事を考えもせずに……」
「―――――……そうだ。それが原因で、身体を壊した民が続出したとか……」
恨みの籠った囁きがあちこちから噴出し、弥依彦が「ひうっ」と潰れた悲鳴を上げた。
「ち、ちがっ……だ、だって、それはハヤセミが、僕にそうしろって言ったから……」
弥依彦は、震える声でそう呟きながら、小刻みに首を横に振る。
しかしながら、その頼りの無い声は誰にも届かない。
「さあ、弥依彦様。大人しくお下がり下さい。どれだけ喚こうが、誰も『貴方なんか』の言葉に耳を傾けなどしませんよ」
とても鋭利なその言葉が、ぐさりと弥依彦に突き刺さったかのように見えた。
弥依彦の瞳が傷付いたように歪むのを見て、カヤは息を呑んだ。
『―――――1度や2度信じられなかったから何だって言うんだ!次こそ信じれば良いだけの話だろ!』
集落が襲われ、蒼月の安否も分からず、すっかり諦めてしまったカヤを、弥依彦はそう叱咤してくれた。
言動が乱暴な時もあるし、素っ気ない所だってあるけれど、それでもあの時カヤを奮い立たせてくれたのは、紛れも無く弥依彦の言葉だった。
正に此処に、救われた人間が居るのだ。
ここで弥依彦が限界まで傷付けば、この先彼は誰かを救おうとしなくなってしまうかもしれない。
(ハヤセミには、そんな資格無い)
弥依彦が自ら見出した優しさを握る潰すような事など、絶対あってはならない―――――
「弥依彦!」
今にも刃を退かそうとしていた弥依彦に向かって、気が付けば大声で叫んだ。
ビクリ、と弥依彦の肩が跳ね、そして絶望しきっていた暗い瞳が、カヤを虚ろに見据える。
顔を下げないで欲しかった。
口を噤まないで欲しかった
そして、どうか分かって欲しかった。
「――――貴方の言葉には、ちゃんと意味があるっ……!」
こんな所で、その意志を途切れさせてはいけないのだという事を。