【完】絶えうるなら、琥珀の隙間
カヤが絞り出すような言った時、弥依彦が大きく息を呑んだ。
「……僕は……」
ふるり、と震えた唇が、何かを堪えるように、ぎゅっと強く結ばれる。
一度だけ俯いた弥依彦は、大きく息を吸うと、勢い良く顔を上げた。
「皆、聴け!」
次の瞬間、弥依彦の口から飛び出してきたのは、迷いの無い凛とした声だった。
「この大雨で、今にも川が氾濫しそうなんだ!国境の兵を撤退させなければ、多くの死者が出るぞ!ハヤセミは、こちらが何度も勧告したにも関わらず、それを先延ばしにしている!」
「戯言だ!」
ハヤセミが、弥依彦の言葉を遮った。
「全くもって、聞く価値も無い。そのような事が起こるはずが無いのだ。皆の者、これはふざけたお告げであって、真実では――――」
「お告げは本物だ!」
今度は、弥依彦がハヤセミの言葉を遮り、言い放った。
「良いか!死にたくない者は良く聴け!今すぐ逃げなければ、この砦だって氾濫に巻き込まれて崩れる可能性が高い!国境の兵団の中や、近くの村に大切な者が居る奴らだって居るだろう!?すぐに逃げるように伝えてくれよ!王の命令を守ってまで死ぬ必要なんて無いんだよ!」
弥依彦の声が徐々に涙交じりになっていく。
しかし、震えを増していく声とは比例するように、弥依彦の表情には鬼気迫る何かがあった。
その場に居るすべての人間の鼓膜を、そして心を、激しく揺さぶるような悲痛な叫びが、聖堂中に広がり、反響する。
「此処は僕が産まれた大切な国なんだ!僕は、正当な王家の血を継ぐ者として、お前達をっ……この国の大切な民を、絶対に見殺しにしたくないんだよ!」
涙と鼻水でぐちゃぐちゃに汚れた顔になりながら、弥依彦は全身全霊を掛けて伝えようとしていた。
「お願いだよっ……頼むから皆、逃げてくれよおぉおぉおっ!」
王の血を継ぐ者としての、その意志を。
「―――――よくぞ言った、弥依彦殿!」
突如、聖堂の後方から、澄み切った声が高らかに響き渡った。
澱みの無い声色を鼓膜が捕らえた瞬間、頭が真っ白になって、麻痺したように動かなくなる。
誰しもが一斉に振り返り、首を伸ばしながら、一体誰がそんな事を言ったのかを確認しようとしていた。
カヤも人々の顔の向きを辿りながら、何百と言う人間の中から、声の主を捜す。
そして、ようやく捉えた。
人々の視線の中心には、一人の人物が居た。
頭から真っ白な布を被ったその細身の人物は、毅然とした様子で立っている。
「……僕は……」
ふるり、と震えた唇が、何かを堪えるように、ぎゅっと強く結ばれる。
一度だけ俯いた弥依彦は、大きく息を吸うと、勢い良く顔を上げた。
「皆、聴け!」
次の瞬間、弥依彦の口から飛び出してきたのは、迷いの無い凛とした声だった。
「この大雨で、今にも川が氾濫しそうなんだ!国境の兵を撤退させなければ、多くの死者が出るぞ!ハヤセミは、こちらが何度も勧告したにも関わらず、それを先延ばしにしている!」
「戯言だ!」
ハヤセミが、弥依彦の言葉を遮った。
「全くもって、聞く価値も無い。そのような事が起こるはずが無いのだ。皆の者、これはふざけたお告げであって、真実では――――」
「お告げは本物だ!」
今度は、弥依彦がハヤセミの言葉を遮り、言い放った。
「良いか!死にたくない者は良く聴け!今すぐ逃げなければ、この砦だって氾濫に巻き込まれて崩れる可能性が高い!国境の兵団の中や、近くの村に大切な者が居る奴らだって居るだろう!?すぐに逃げるように伝えてくれよ!王の命令を守ってまで死ぬ必要なんて無いんだよ!」
弥依彦の声が徐々に涙交じりになっていく。
しかし、震えを増していく声とは比例するように、弥依彦の表情には鬼気迫る何かがあった。
その場に居るすべての人間の鼓膜を、そして心を、激しく揺さぶるような悲痛な叫びが、聖堂中に広がり、反響する。
「此処は僕が産まれた大切な国なんだ!僕は、正当な王家の血を継ぐ者として、お前達をっ……この国の大切な民を、絶対に見殺しにしたくないんだよ!」
涙と鼻水でぐちゃぐちゃに汚れた顔になりながら、弥依彦は全身全霊を掛けて伝えようとしていた。
「お願いだよっ……頼むから皆、逃げてくれよおぉおぉおっ!」
王の血を継ぐ者としての、その意志を。
「―――――よくぞ言った、弥依彦殿!」
突如、聖堂の後方から、澄み切った声が高らかに響き渡った。
澱みの無い声色を鼓膜が捕らえた瞬間、頭が真っ白になって、麻痺したように動かなくなる。
誰しもが一斉に振り返り、首を伸ばしながら、一体誰がそんな事を言ったのかを確認しようとしていた。
カヤも人々の顔の向きを辿りながら、何百と言う人間の中から、声の主を捜す。
そして、ようやく捉えた。
人々の視線の中心には、一人の人物が居た。
頭から真っ白な布を被ったその細身の人物は、毅然とした様子で立っている。