【完】絶えうるなら、琥珀の隙間
(寝てる……)

呼吸に合わせて、その背中がゆっくりと上下をしている。
カヤは翠を起こさないようにして、そっと忍び寄った。

すう、すうと寝息を立てて熟睡しているらしい翠。

その顔を隠すように、長い黒髪が掛かっていた。

それを退けようと手を伸ばすが、ふと思いとどまる。
頬に触れた時、動揺した彼の表情が脳裏に浮かんだのだ。

カヤは翠に触れるのを止めて、代わりに肩からずり落ちていた衣をそっと掛け直した。


起きる気配の無い翠の顔を、黒髪の隙間からじっと見やる。

(ほんと、綺麗な顔)

暗闇にも拘わらず、つるりとした陶器のような肌質なのが分かる。
規則正しく吐息を漏らす唇は、とても男の人のものとは思えないほど赤く熟れていた。


カヤが翠の寝顔を見るのは始めてだった。

普段の翠は、とても同じ人間とは思えないから、こうして普通に眠る姿を見て、なんだか安心した。


翠の秘密を打ち明けられ、世話役として傍に置いてもらい、初めて会った時からは想像も着かないほどに、距離は近くはなっていた。

しかし翠は未だどこか掴み所が無く、ふわふわしている存在には違いなかった。

カヤが全てを曝け出さないように、翠もまた、カヤには薄い布を隔てて接している。
なんとなく、それに気が付いていた。

それでもこうして翠の寝顔を見ると、彼が隠している部分に僅かに触れた気がするのだ。

そんな馬鹿げた事を考えていたら、ゆっくりと翠の眼が開いた。

「……ん」

驚き、思わず後ずさると、少しぼーっとしたままの翠の眼がカヤを捕らえた。
そのまま数秒間互いに見つめ合う。


(ね、寝ぼけてる?)

起きているはずなのに何も反応しない翠に、カヤが身動き出来ずに居ると、

「……どした?泣くなよ、カヤ」

少し舌足らずにそう言って、翠の指がカヤの目元に伸びて来た。

――――スッ、と。
優しい指先が眼尻をなぞる。

咄嗟に反対側の眼尻に触れるが、感じるのは乾いた皮膚の感触のみ。
そりゃそうだ。だって泣いてない。

「……泣いてないです、よ?」

戸惑いつつ言葉を落とす。
ゆるゆると開けられているその瞼は気を抜けばまた閉じてしまいそうだ。

「泣いて、ない……?」

不思議そうに囁く声は少し擦れていた。

何度か瞬きを繰り返す瞳に、徐々に光が宿っていく。
やがて、ひと際しっかりと瞬きをした後、その瞳はパチりと見開かれた。

あ、覚醒した。


「やっべ、寝てた!」

物凄い勢いで、翠が飛び起きた。

「うわー……いつの間にか落ちてた。悪い、寝ぼけてたわ……」

眠そうに眼をこする翠に、カヤは首を横に振った。

(なんだ、今の)

触れられた眼尻がむずむずして、カヤも思わず翠と同じように眼を擦った。


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