【完】絶えうるなら、琥珀の隙間
ぐらぐらする頭を振ってどうにか上を向く。

「眼回したか?」

鼻で笑いながらそう言ったミナトの顔を見た瞬間、カヤは込み上げてくる笑いを止められなかった。

「っふ……あはは!あははは!」

「……踊りすぎて可笑しくなったか?」

怪訝そうな顔で言われるが、カヤの笑いは止まらなかった。


だって、どうしていいのか分からないくらいに楽しいのだ。

(こんなに楽しくて良いのかな)

今日一日だけで、一生分笑いつくした気分だ。


「大げさな奴。はしゃぎすぎだろ」

フッと笑ったミナトに、カヤも笑顔で言い返した。

「良いんだよ、今日くらいは楽しまなきゃ!ね、もう一回……」

踊ろうよ、ミナト。


そう言いかけたカヤの視界に、大きな黒い影が飛び込んできた。


ふと、足を止める。
それは暗闇に佇んでカヤ達を見下ろすように構える、屋敷の影だった。

翠を隠すようにして在る、広い屋敷。
その遥か奥に、翠は居る。きっと――――1人で。


見事な程に、高揚感がサッと消えうせた。
そしてそこに残ったのは、もの寂しい憂いだった。



「……おい、どうした?」

いきなり黙り込んだカヤに、ミナトが訝し気に尋ねてくる。

「……ごめん、私帰る」

「は!?」

「ナツナ、ユタ。ごめんね、私帰るね!今日はありがとう!」

カヤの呼びかけに2人は驚いたように踊りを止める。

「カヤちゃん!?」

「ごめんっ、本当にごめんね!おやすみ!またね!」

声を上げたナツナに必死に謝りながら、カヤはその場から走り出した。


誰もが笑顔で踊るその人ごみを掻き分けながら、必死に進む。
やっとの事で人々の輪を抜けたカヤは、全速力で屋敷へ向かって足を動かした。


踊りすぎて上がっている息が、更に乱れていく。

肺が刺すように痛くなって、足も疲れてきて、それでもカヤは一度も止まる事なく走って、屋敷へと辿り付いた。

そのまま足を緩めずに、人っ子一人居ない屋敷の廊下を駆け抜ける。

やがて翠の私室の間近まで来たカヤは、走るのを止めて、歩き出した。


もしかしたら、翠はもう寝ているかもしれない。

部屋を覗いてみて、もう眠っていたらこのまま帰ろう。

でも、もし起きていたら、言ってみよう――――


小さく決心をしながら、カヤは部屋の布に手を掛けて、そっと捲った。

「っ、」

呼吸が止まりかけた。


――――翠は、起きていた。


壁に背中を預けて座り、窓辺に肘を付きながら夜空を眺めている。

遠くで燃える焚き木の炎が、その頬を橙色に薄く染めていた。

ぞっとするほどに表情は欠如していて、理由もなく恐ろしくなる。




(何を見てるの)

その瞳はきっと間違いなく、煌々と明るい広場を見つめているのだろう。

哀しい程に美しい翠の姿は、彼の心情をあっけなく悟らせた。


「……カヤ?」

言葉を失ったままのカヤに、翠が気が付いた。
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