御曹司は偽婚約者を独占したい
「そういう顔をされると、キスのしがいがあるな」
骨ばった指が、私の髪を優しく撫でる。
「……彼には、悪いことをしたと思ってる。だけど、あんな場面を見せられて、俺も冷静ではいられなかった」
自嘲するように笑った彼は、親指の腹で私の唇を優しく撫でた。
ゆっくりと、感触を確かめるように触れる指は焦れったくて、昨日の情事を思い出させる。
今、近衛さんが言った〝彼〟とは、もちろんノブくんのことだろう。
傍目に見たら、近衛さんは落ち着き払っているように見えたけれど……どうやら、違っていたようだ。
「冷静ではいられなかったって、どうして……?」
尋ねると、近衛さんは「わからないのか?」と息をこぼすように呟いた。
……わからない。わかるはずがない。
だって、あなたの本心はどこにあるのか、まるで見えないから──。
「昨日、俺の気持ちは君に伝えただろう?」
凛とした口調で言った近衛さんは、真っすぐに私を見つめていた。
黒曜石のような綺麗な瞳が、細められた目の奥で光っている。
昨日、私に気持ちを伝えたって……。
それはすべて業務用のもので、偽者のフィアンセを務める私に向けられた、偽りの言葉だった。